身勝手な僕と一途な君
それは、ほんの偶然だった。あの日の追い忍はやけにしつこく、撒いても撒いても追いかけてきてオレを里に連れ戻そうとした。無我夢中で逃げる中、どう道を進んだのか覚えていない。気がついたときには満身創痍で、オレはその場で気を失ってしまった。
今思えば、あのときにオレの人生は終わるはずだったのだろう。けれど何の因果か、オレは葛城山の砦に身を置くことになった。
全ての始まりは些細な勘違いからだ。ホタルはオレが自分を助けてくれたと言っていたが、あの時オレは追い忍を蹴散らすことに必死で、ホタルの存在に気づいていなかった。なのにホタルはオレに助けられたと思い込み、あろうことか弟子入りを乞うてきた。よりにもよってこのオレに。
うざったい女だった。どれだけあしらっても犬のようについて回り、弟子にしろと修行をねだってくる。
ホタルは何も知らない。あれほど脆く当てにならない師弟の絆を心から信じている。その純粋な眼差しが、想いを信じる真っ直ぐさが、反吐が出るほど煩わしかった。
だが……そうだな。もう最期なんだ。今さら誤魔化す必要もない。
オレはそのしつこさをそれほど拒絶してはいなかった。言葉や態度であしらっていても、ホタルとの掛け合いをどこか楽しんでもいた。
けれど、だから何だというのだろう。ホタルとの時間に安らぎを覚える度、師匠師匠と呼ばれる度、オレの身体を蝕む巨大で歪な
オレは追われる身。人々から恐れ忌み嫌われる獣を飼う罪人だ。人里離れたこの場所で、オレのようなひねくれ者にも懐くような純粋な少女の隣には相応しくない。ホタルが期待を込めて呼ぶ「師匠」の二文字は、オレの中の闇をまざまざと見せつけていった。
盗賊に砦が襲われたとき、木ノ葉の護衛が来たのは好都合だった。これで後腐れなく離れられる。
陰と陽は交わらない。あれほど辛く、胸元を抉られるような裏切りを知らずに師弟の絆を信じ続けるホタルとオレが、合うはずもない。
それに、巻き込みたくなかった。オレが存在する限り、また追い忍たちはやってくる。そうすればホタルたちもどうなるかわからない。鋭く尖った死神の鎌が狙うのは、オレの喉元だけでいい。
そう思っていたのに。ホタルは、ホタルだけは、傷ついてほしくなかったのに。
あの瞬間――禁術の封印を見せられた瞬間――閉じていた気持ちが、気づかないようにしていた想いが、堤を失い溢れていった。聞き流せていた弟子入りの願いも、聞くことができなかった。
いつかの自分のように、世界は光に満ちているのだと無垢に信じ続ける瞳が忌々しかった。しかし、それとほぼ同時に、守りたいとも思った。思って――しまっていた。
許せなかった。従うだけの人間にこれほどのことができる者が。この身を犠牲に里や一族を護ろうとした人間を、器としてしか見ない者たちが。それなのに、ホタルはずっと師匠を信じたままだった。一族の宿命をひとりで背負い、命の危機を迎えても尚、その想いを曲げることはなかった。
ああ、そうだ。
オレはこの真っ直ぐな眼差しに、救われていたんだ。疎ましく思っていたその想いこそ、オレがずっと求めていたものだったのに。
オレは信じていた自分の師匠に裏切られたと思い込み、ずっと心を閉ざして生きてきた。人を信じることができなかった。だが、そんなオレをなぜかホタルは信じてくれた。
オレは、ホタルの師匠として生きていく決心をした。怒りで耳を塞ぎ、聞こえないふりをしていた師匠の想いをホタルに繋ごうと思った。
けれども、あてどなく漂うシャボン玉が見た儚い夢は、泡沫を散らせながら消えていった。
ホタル。お前の示してくれた道を、共に歩いてみたかった。里と和解し、大手を振って生きていきたかった。
こんなオレでも未だ師として慕ってくれるのなら……ひとつだけ、願いがある。
何も叶わなかったオレの人生。何も残らなかったオレの人生。最期にひとつだけ、叶えてほしい。神も仏も信じない。ただひとつ、ホタル、お前を信じて祈ろう。オレの、たったひとりの弟子を信じて。
「ホタル、お前は――生きろ」
犀犬に吐露した想いが、今更のように涙になって流れ落ちた。
ああ、オレはまだ泣くことができたのか。
六尾を抜かれた時と同じように、視界がぼやけていく。思考が鈍っていく。周囲の音が、消えていく。
全身から力が抜けていく。五感が遠ざかっていく。
世界が光に、包まれていく――。