報告六 抜け忍 ウタカタについて
「ウタカタ殿が抜け忍……はい、存じておりました。実は旅に出る前日、ウタカタ殿と2人きりで、話をしたのです。彼は真面目な人でしたから……ホタル様と旅をする前に、挨拶にきたのです。ええ、何度も言ったように、ホタル様は私の娘のような存在ですから……。ウタカタ殿は、ホタル様と旅にでる許可以外に、自分の生い立ちを話してくださいました。生い立ちというのは、何かと恥ずかしく苦しいものです。ウタカタ殿も、きっと話したくなかったと思います。それでも、『ずっと隠しているわけにはいかない、いつかは話さなければいけないことだ』と、……話してくださいました。ウタカタ殿の師匠のことも、そのとき知りました。結局はウタカタ殿の誤解だったようですが……あんな辛い経験をした後で弟子をとることは、色々と覚悟が必要だったと思います。
……人柱力?いいえ、その言葉は……。そうですか、彼にはひとつだけ、言えなかったことがあったのですね。私が『ホタル様をよろしく頼みます』と言ったとき、ウタカタ殿は少し悲しげな顔で微笑んでいました。人柱力……酷い名前だと思います。ホタル様を見てきたからわかります。周りに嫌われ、疎まれることがどんなに辛いことか……。ホタル様がウタカタ殿に惹かれたのも、ウタカタ殿がホタル様に心を開いたのも、そんな共通点があったからではないでしょうか。今となっては、ただの推測でしかありませんが……。
ウタカタ殿とホタル様、彼らはずっと一緒にいるべきだった。人は独りでは生きていけない。傍に誰かが必要な生き物なんです。尾獣狩り……ウタカタ殿は、もうこの世にいないのですね。だとしたら、ホタル様はどこへ行ってしまわれたのでしょうか。『ウタカタ様を捜しに行く』そう言って、もう5年も、帰ってこないのです。
私が独りでいることはどうでもいいのです。私ももう老齢……遅かれ早かれ、いつかは死んでしまう身です。ただその前に……ホタル様の無事を、ホタル様が幸せに生きている姿を、見ておきたいのです。ウタカタ殿にホタル様……まだお若い2人が、私より先に逝ってしまうなんて、そんな悲しいことがありましょうか。人が死に、嬉しいことなんて何もありません。例えどんな大罪人でも、必ずどこかで、誰かがその人の死を尊んでいるのです。死んでいい人間など、この世には存在しないのです。」