報告五 葛城ホタルの失踪について、手記より
「絶望とはまさに、あのことをいうのでしょう。今まで幾度となく辛く悲しい思いをしてきました。けれど、どこかで期待していたのです。この世にはまだ、希望があると。絶望するのはまだ早い、と。それだけを頼りに生きてきました。諸悪の根源の禁術でさえ、私には希望の存在だったのです。やがて、その禁術は消えてしまいましたが……私には新たな希望の存在が見つかりました。そうです、ウタカタ様です。彼は私にとって、なくてはならない存在になっていました。今思うと……私は少し狂っていたのかもしれません。あれほどまでに恐ろしい禁術に、執着する理由。それはお爺様の願いでもあった、土蜘蛛一族を復興させること。いつだったでしょうか、そのことでウタカタ様に怒られたことがあります。もっと自分を大事にしろ、禁術なんて無くなってしまったほうがいい、と。その時のウタカタ様の言葉が、私には理解できませんでした。私にとって禁術は、お爺様の希望。その希望を、絶望にしてしまうなんて、考えられなかったのです。
そう、いつの時代も、絶望と希望は紙一重。少しずれるだけで、全く反対のものに変わってしまう。ウタカタ様も、その中のひとつでした。
川原をあとにして、足の進むがままに走って。何も、ウタカタ様のこと以外何も、考えられなかったんです。森の奥深く、誰も足を踏み入れたことのないくらい荒れた場所に、割れたお面が落ちていました。ボロボロになって、原型はとどめていませんでしたが……霧隠れの追い忍のお面だと、すぐにわかりました。
同時に、強い吐き気が襲ってきたのです。理由はわかりません。強い目眩と吐き気に、私はその場に倒れ込みました。胃の中の物を全て吐き出しても、まだ吐き気は治まってくれませんでした。胃液を出すのも苦しくなってきたころ、やっと落ち着いてきて……。あとは何も覚えていません。気がついたら、崩れた地面の上に立っていました。ここはどこなんでしょう。大きな爆発が起こった後のような瓦礫の中にひとつ、ウタカタ様の形見がありました。希望が絶望に変わった瞬間でした。今私が覚えていることは、空がとても青かったことだけです。それは、ウタカタ様と出会ったあの日と同じように、透き通るような青でした。
そして私は、2度と砦に帰りませんでした。ウタカタ様との思い出が詰まった砦に帰るには、絶望を知りすぎてしまったのです。」