Voices whisper in the trees, "Tonight is Halloween!"
木の枝を飛び移りながら、ウタカタはチラリと後ろを振り返った。少し離れた場所から、ゾンビとフランケンがウタカタの姿を追ってくる。ウタカタは小さく舌打ちをし、足場に気をつけながら空に目をやった。遠くの方に、薄らと月明かりが見える。もう少し、もう少し北の方へ行けば、全身に光りを浴びられるだろう。
ウタカタは足に力を入れ、走るスピードを早めた。もう自分には関係ないとはいえ、ホタルのことも気がかりだった。3つの黒い影が、森の中を突き進む。女王の光は、まだ其処へは届かない。
箒が森を突き抜ける音が、静かな森に響いた。箒の動く方向に合わせ、草木が揺れ、ホタルの黄朽葉色の髪が棚引く。その後ろから、黒猫は4本の足を地面を蹴るように動かしながら追っていた。尻尾は太く膨らみ、目玉は獲物を狙うときのように鋭く尖っている。
「待ちやがれ!このなり損ないが!!」
黒猫がシャーッと威嚇の声を出すと、それを合図のように蝙蝠たちが一斉にホタルに飛びかかった。無数の蝙蝠に襲われて、ホタルは箒から手を離してしまう。
「きゃああ!!」
地面へ投げ落とされたホタルは、すぐに体勢を整えて箒を構えるように手に取った。しかし時は既に遅く、歯を剥き出しにした黒猫と、後から追いついたゴブリンに、周りを囲まれてしまう。
「さあ、大人しくするんだな」
じりじりと近づいてくる2体に、ホタルはぎゅっと目を瞑った。その時、風が地面を抉り取るように吹き抜け、辺りの木々の葉が目を塞ぎたくなるほど力強く舞った。蝙蝠も風に煽られ散り散りになり、黒猫とゴブリンは目の前に現れた姿に目を丸くする。
「行きましょう、お嬢さん」
風と共に現れた男は、ホタルの手を取ると、一目散に走り出した。去り際に黒猫とゴブリンに目配せをすると、闇の中へと姿を消してしまう。
「ちっ、女は自分に任せろってか。ゴブリン、もう1人の方を追うぞ」
「言われなくてもわかってらぁ」
小さな2つの影は方向を変え、森の北の方へと走り出した。蝙蝠たちも、その後に続くように、長い線を描き始めた。
「ありがとうございます。助かりました」
森の外れの墓地へと連れて来られたホタルは、男の方を見て、丁寧に礼を言った。乱れていた呼吸を整え、不安そうに森を振り返る。
「大丈夫ですよ、あいつらはもう追っては来ません」
唇に笑みを浮かべると、男はホタルをじっとりと眺めた。
人気のない墓地には、魔物のひとりも姿を現さない。普段はそこに眠っているはずのゾンビも、今は森の中だ。
男は一歩ホタルに近づき、顎に指を当てて上を向かせた。驚いて目を見開くホタルの瞳に、男の笑顔と、大きな円を描く満月の姿が映る。
「まだ、心臓を手に入れてないようですね。私の僕たちが、あんなにお手伝いしたのに」
男の言葉を聞いて、ホタルはつっと息を呑み込んだ。満月の光を浴びて、男の姿が徐々に変化していく。
「貴方にもらった薬は、よく効きましたよ。さすがあの一族の末裔だ。この才能を埋もれさせてしまうなんてもったいない。早く魔女になりたい、そうでしょう?」
ニィっと釣り上がった男の唇から、鋭く尖った犬歯が姿を現す。目玉の色は赤く染まり、風に棚引く外套からは、微かに血の匂いがする。
「あ、貴方は……」
キラリと光った犬歯に、ホタルは男の手を払いのけて箒を構えた。相変わらず笑みを絶やさない男を睨みつけて、一筋涙をこぼす。
「貴方は、シラナミですね。どうしてまだ、貴方が生きているのです!!」
「くくっ、確かにあの時俺は死んだ。お前の爺のせいでな。だがな、俺は生き返ったんだ」
「ふざけないでください!死人が生き返るなんて、そんな」
「そんなことは有り得ないってか?くくくっ、相変わらずお前の一族はオメデタイ頭をしてやがる。いいか?俺様がお前の爺に殺されたのは、今から千年前の今日だ。魔物たちの宴……ハロウィンに浮かんだ女王の力が、俺に再び命を与えてくれたんだ!!」
町中の時計が、一斉に天を指さす。夜の帳は完全に下がり、蝙蝠は雄叫びを上げた。飾られたジャック・オ・ランタンは炎を灯し、命を吹き込まれたように動き回る。
これがハロウィン、魔物のお祭り。これがハロウィン、力を手に入れろ。魔物たちの歌声が、静かな墓地に木霊する。ホタルの足が、一歩後ろに退いた。男が愉しそうに、笑い声を漏らす。
「貴方の黒魔法は、たくさんの人を不幸にしました。人間だけじゃない、魔物も……貴方のせいで、大勢の命が犠牲になったんです!!」
「それがどうした。いくらお前が俺を糾弾しようとも、女王は俺を認めたんだ。これがどうことだかわかるか?女王は俺の味方だ。ハロウィンの力は、俺様の力となって蘇るんだよ!!」
森の木々がシラナミの言葉に呼応するように、枝を揺らして葉を散らした。蝙蝠は満月を囲むように空に飛び立ち、動き出した飾られたジャック・オ・ランタンは、笑いながら空に浮かんでいる。
殺気を感じて、ホタルは箒に跨がった。墓地から逃げるホタルの背中を見つめ、シラナミは舌なめずりをする。
「今夜はハロウィン、俺様の宴だ……」
蝙蝠の雄叫びを聞いて、ウタカタは足を止めた。耳を塞ぎながら後ろを振り返ると、近くの枝に乗ったゾンビとフランケンが、目をぎらつかせて口角を上げていた。
「やっと……やっとこの夜が来た!!今夜はハロウィンだ!俺たちの時間だ!!」
「喜ぶのはまだ早い。すぐにでもこの男の心臓を手に入れて、女を完全な魔女にしなれければ」
下品な笑い声を漏らす2体の背後から、黒猫とゴブリンも姿を現した。8つの弧を描いた目が、妖しくウタカタを狙っている。
「今夜はハロウィン……。そうか、だから……」
ウタカタは小さく呟くと、枝を踏みしめて木の天辺へと降り立った。満月の神々しい光がウタカタの全身を照らす。追ってきた魔物たちを振り返り、ウタカタは息を吸い込んだ。
「確かにオレはなり損ないだ。だがな、オレはお前たちよりも、遙かに強力な力を持っているんだよ」
ウタカタの唇の隙間から、尖った犬歯が顔を覗かせる。爪は長く鋭く尖り、目付きは獣のように理性を失っていった。
「あ、あれは……」
8つの目が、驚愕に瞳孔を広げた。ウタカタは満月に吠えるように雄叫びを上げると、全身に毛を生やし、ふうふうと息を切らしながら魔物たちを正面に見た。
月影に照らされた姿は、人間のものとはほど遠い容姿をしていた。口から漏れる息も、荒い呼吸音だけで、言葉のような物は聞き取れない。
ゴブリンは悲鳴を上げ、黒猫も尻尾を丸くした。ゾンビは恐怖に顔を掻きむしり、フランケンは黙って息を呑む。
「お前たち……早く逃げるんだ」
フランケンがそう呟くと同時に、ウタカタの爪が、フランケンを切り裂いた。