Wishing you a spooky night.
夕焼けの赤い光を全身に浴びながら、ウタカタは木の陰を睨みつけた。木々の間からじろりと覗く眼光が、ウタカタを射るように見つめていた。「何なんだ、お前たち」
右手で受け止めたネジを投げ捨てると、ウタカタは足を一歩引いて臨戦態勢を取った。鋭くなった鼻に、卑しい魔物の匂いがこびりつく。
冷たい汗がウタカタの首筋を伝った時、草陰からゾンビが飛び出した。その動きにウタカタが意識を向けているうちに、ゴブリンがウタカタの後ろへ回り、足首を押さえる。
「おおっと、ちょっくら大人しくしていてくれよ」
「その手を離せ、お前も八つ裂きにするぞ」
ゴブリンを睨みながら、ウタカタはゾンビの顔に爪を突き立てた。腐った皮膚がぼろぼろと剥がれ落ち、ゾンビが苦悶の表情を浮かべる。
「うう、痛い、やめてくれ……」
「そのくらいで悲鳴を上げるとは何事だ。それにお前は、痛覚もとっくに死んでいるはずだろう」
木の陰から出てきたフランケンが、ゾンビに向かってネジを投げつけた。衝撃を受けたゾンビの身体は、塵くずのように崩れ去り、人型の灰になって地面に落ちた。
「いきなり襲ってきたと思えば、今度は仲間割れか?一体何がしたいんだ」
ウタカタはゴブリンを片手で摘まんで投げ捨てると、フランケンを見て蔑むように見つめた。
さっきのネジといい、こいつらはオレを狙っている。再び訪れた命の危機に、ウタカタは苛立ちを隠せなかった。黙ったままのフランケンを睨み、一触即発の空気を纏っている。
「そいつはゾンビだ。あんなことぐらいじゃ死なない」
フランケンがそう呟くと、灰になっていたゾンビの身体が、みるみるうちに形を取り戻し、ウタカタに覆い被さった。不意を突かれたウタカタは、その場に倒れ込み、自分の首を絞める手の平にぐさりと爪を立てる。
「ぐ、……う」
「おい、間違っても殺すんじゃないぞ。娘はすぐ近くまで来ているんだ」
フランケンが森の方を見つめると、黒猫が帽子を咥えて草むらから飛び出してきた。その後方から、若い女の声が聞こえ、足音が近づいてくる。
「黒猫さん、待って……、え?」
息を切らして走ってきたホタルは、目の前の光景に言葉を失った。昨日別れたはずのウタカタが、ゾンビに首を絞められている。
慌ててウタカタに駆け寄ろうとしたホタルの足を、ゴブリンがしっかりと掴んだ。黒猫は帽子を地面へ落とすと、満足そうに鳴き声を上げた。
「さあ、手筈は整った。あとはこの男を殺すだけだ」
ゾンビの手から解放されたウタカタは、げほげほと咳き込みながら、ゴブリンに押さえつけられたホタルの姿を見た。名前を呼んだのに、呼吸に紛れて上手く音にならない。
「何なんですか!?貴方たち!!」
「俺たちはただ、貴方の手助けをしようとしているだけですよ」
「私の手助け……?」
「そう。魔物の心臓を手に入れ、本物の魔女になるための手助けをね」
フランケンはそう言いながら、ホタルのローブの中からナイフを取りだした。それをホタルの顎先に近づけると、にぃっと黄ばんだ歯を出して笑った。
「どうぞ、あの男を殺してください。あの男は魔物です。しかも、どのコロニーにも属さない、除け者の魔物です。そんなやつがいなくなろうと、誰も困らないでしょう。さあ、早く殺ってください」
フランケンがホタルの手を掴み、無理矢理ナイフを握らせた。太陽は半分地面へと埋もれ、辺りは暗く、闇が蔓延っていた。
ウタカタは呼吸を整え、暗闇の中にホタルを探した。そんなウタカタを嘲るように輝くナイフの光だけが、森に光りを灯していた。
「できません。私はウタカタ様を殺したりなんてしません」
「……何故?」
「私は白魔女を目指す者です。それに、ウタカタ様は、命の恩人。大切な人を傷つけてまで、魔力を手に入れたいとは思いません」
闇の中でホタルの言葉を聞き、ウタカタははっとした。
ホタルの睨みつけるような眼差しに、フランケンは長いため息をつく。そしてナイフをホタルのローブの中にしまうと、突然ホタルをゴブリンごと投げ飛ばした。
「きゃあ!」
「痛ってぇ!フランケン、てめぇ!!」
「ゴブリン。そいつを痛めつけておけ。殺さない程度にな」
冷たいフランケンの眼差しに、ホタルは小さく悲鳴を上げた。襲いかかろうとしてくるゴブリンを箒で叩きのめすと、ウタカタの方へ手を伸ばした。
「ウタカタ様!!」
「来るな!!」
「っ……」
「来るな、ホタル。お前は早くここから逃げろ。こいつらはオレを狙っている。早く行くんだ」
立ち止まるホタルに声をかけながら、ウタカタは空を睨みつけた。肝心な時に、あいつは姿を現さない。けれど、ホタルが傍にいては危険だ。
身体を押さえていたゾンビの膝に爪を突き立て、ウタカタは木の枝へと飛び乗った。冷たい風が、ウタカタの髪を小刻みに揺らす。その姿を追おうと幹にしがみつくゾンビを見下しながら、ウタカタはもう1度ホタルに声をかけた。
「行くんだ、ホタル」
ウタカタを見つめるホタルの後ろでは、ゴブリンと黒猫が牙をぎらつかせてホタルを狙っていた。ウタカタを見つめながら、ホタルは箒に跨がってその場から飛び去った。ゴブリンと黒猫が、その後を声を上げて追う。
木々の上を移動するウタカタを見て、フランケンは不愉快そうに舌打ちをした。そうして近くを飛んでいた蝙蝠を呼び寄せると、暗号めいた言葉を呟き、木の上に飛び乗った。
宴までは、もう時間がない。
焦る気持ちを抑えながら、フランケンは月に近づくウタカタの姿を追いかけた。