Do you want to hear a scary story??

 薄暗い森の中に、ウタカタが落ち葉を踏みしめる音だけが響いていた。夜の帳が降りるのと共に、小鳥や動物たちも巣へと帰ってしまう。
 帰る場所がないのは、自分くらいのものか。ウタカタはそう考えながら、手頃な木の根元に腰を下ろした。独りには慣れているはずなのに、どうしてか落ち着かない。ついさっきまで、あの家に居座っていたせいなのか。
 あの女、オレに付きまとってきたからな。
 ホタルのことを思い出して苦笑した唇を、ウタカタは慌てて引き締めた。念願叶った別離なのに、どうしてこんなにも物足りなさを感じるのだろう。
 ウタカタはホタルから貰ったハーブを取り出して、茎を掴みながらくるりと回した。爽やかな鼻をつく香りが、風にのって鼻孔をくすぐる。

「魔除けの効果なんて、オレには無意味なのにな」

 ハーブをしまい、頭の後ろに腕を組んで、ウタカタは目を閉じた。
 老爺との話を終え、ウタカタがホタルを探しにいったときに、あの娘は、薬を貰いに来た男と話していた。そして、銀のナイフを受け取ったホタルを、ウタカタは見てしまった。普通の人間なら聞こえなかったであろう男との会話も、ウタカタの鋭敏になった耳には全て筒抜けだった。
 自分が魔物だと、ホタルに知られてしまった。それに、あの男が言った言葉……。これ以上自分の命を、他人の好き勝手にされるのはごめんだ。
 ウタカタは寝返りを打つように顔を隠し、そして頬を歪めた。ナイフを手に取り、迷っていたホタルの顔が、ウタカタの睡眠を妨げる。信じるだけ無駄なんだ。いくらこっちが心を開いたところで、あいつらにとってオレは、ただの道具でしかない。
 闇が辺りを包み込み、森は完全に夜を迎えた。雲に隠れた小望月が、明日に備えて魔物たちを徴集する。羽を生やした悪魔が、カボチャを片手に街へと飛び立っていった。その様子を女王の隣で見ていた男は、肩に乗った黒猫の喉を撫でて、満足そうに微笑む。
 宴の準備は整った。あとは、生け贄の心臓と、魔女を招待するだけだ。不気味に笑う男の声が、雲を通して地上へと降り注いだ。



 闇に包まれた森の中で、ウタカタは夢を見た。
 遠い昔、自分がまだ人間だった頃の、茫々とした記憶。身寄りのなかったウタカタは、孤児院に集められ、そこで毎日を過ごしていた。他に頼れる者もなく、家族同然だった孤児院の仲間が消え始めたのは、ウタカタが成人を迎える前のことだった。
 ひとり、またひとりと慣れ親しんだ顔が姿を消していく。不思議に思ったウタカタが真相に辿り着いたときには、全てが手遅れだった。
 手術台に縛り付けられ、身体に得体の知れない血を流し込まれた。消えたと思っていた仲間たちは、その実験の末に命を落としたらしい。そのことに気づき、孤児院を飛び出したときには、全てを失っていた。血まみれになった孤児院と、爪や牙に残る鉄の匂い。
 現実から逃げるように、ウタカタは森の中を彷徨った。ホタルと出会ったあの時まで、ウタカタは誰とも口を利くことはなかった。

 ウタカタが目を覚ますと、森にはもう、日が差し込んでいた。額に掻いていた汗を拭い、深く息を吐き出す。満月が近づくと、ウタカタはいつもあの時の夢を見た。それは、あの夜にも真ん丸い月が浮かんでいたからかもしれない。
 尖った爪を幹に突き立てて、ウタカタは立ち上がった。日が落ちる前に、なんとかして隠れ場所を見つけなければならない。少しでも月の光を浴びてしまえば、途端に理性を失ってしまう。ウタカタは落ち葉を踏みしめながら、森の中を歩き始めた。



 昼間の森に生まれた影の場所を移動しながら、ゾンビはある男の匂いを追っていた。その背中にしがみついたゴブリンが、不安そうに辺りを見渡す。

「なあ、本当にこっちの方向で合ってんのか?」
「ああ。間違いない」
「ったくよぉ、どうして俺たちがあの男を始末しなきゃいけねぇんだよ。俺は喧嘩はあまり得意じゃねぇんだ。黒猫みたいによぉ、女を誘き出す方が良かったんだがなぁ」
「仕方ないだろう。その醜い容姿で、どうやって若い女を森の中まで誘き寄せるんだ」

 ゾンビとゴブリンの背後から、フランケンシュタインが姿を現した。頭に刺さったネジを触りながら、ジロリとゴブリンを睨みつける。その眼光に、ゴブリンはひぃと悲鳴を上げてゾンビの背中へと隠れた。ゴブリンがしがみついた箇所の服が、ぼろぼろと粉になって地面に落ちていく。

「おい、あまり強く掴まないでくれ。俺の皮膚は、半分腐りかけているんだ」
「けっ、頼りにならないヤツだ。それよりフランケン、どうしてお前がここにいるんだよ?」
「もうすぐあの男がこちらへやってくる。ゾンビはともかく、お前はどさくさに紛れて逃げ出しそうだからな。黒猫に言われて、俺もこっちへ来たんだ」
「けっ、黒猫のヤツ、余計なことを言いやがって……」

 3体の魔物が森の中を彷徨いている頃、ホタルは箒に跨がって畑の周りを飛んでいた。ゆっくりと円を描くように宙を進み、頭上に降り注ぐ日光を仰ぎ見る。

「魔女試験は、明日の夜なのに、このままじゃあ、私……」

 ホタルの乗る箒は、その気になれば地面へと飛び降りてしまえるくらい、低い位置に浮かんでいた。この調子じゃあ、到底魔女試験には受かることが出来ない。
 ホタルは自身の成長の無さにため息をつくと、ローブの中から銀のナイフを取り出した。鋭利に尖った刃の先が、日光に反射してホタルの目を鋭く射貫く。
 人間と魔物を救おうとしている白魔女が、魔物を犠牲に強くなったって、何の意味もないわ。
 目に当たる光の眩しさに目を閉じて、ホタルはナイフを地面へと捨てようとした。そのタイミングを見計らったかのように、木の陰から黒猫が飛び出し、ホタルの目の前へと飛んでくる。

「え!きゃあ!!」

 箒の柄に飛び乗った黒猫は、直ぐさまホタルの帽子の縁を口に咥えると、地面へと降りてホタルを振り返った。長い尻尾は、ホタルを誘うように嫌らしくゆったりと揺れている。

「ちょっと、黒猫さん!?」

 ホタルが箒から降りたのを見ると、黒猫は尾を立てながら森の方角へと走っていった。ホタルも慌ててナイフをローブへとしまい、箒を片手に黒猫の後を追いかける。

「待って!その帽子はあげられないの!!」

 ホタルは黒猫を追いかけ、どんどん森の中へと入っていった。その声を聞き、ゴブリンたちが男へと狙いを定める。

「目的は、あの男だ。あの男の動きを封じて、女に殺させる」

 空に浮かんでいた太陽は、だんだんと西の方へ傾き始めていた。街中に並べられたジャック・オ・ランタンが、これから訪れる宴を思い、各々妖しい笑みを浮かべていた。
 森を歩いていたウタカタの耳に、ホタルの声が届いた。それとほぼ同時に、フランケンが頭のネジをウタカタの方へと投げた。
 空の先では、太陽が満月に玉座を譲ろうとしている。空を見上げた男が、高らかに笑い声を上げた。ハロウィンは、目の前まで近づいていた。