Have some candy!


 森の近くの墓地に辿り着くと、ウタカタは辺りを見回した。月が雲に隠れたせいで、爪も牙も人間とほぼ変わらない容姿になっている。息を潜め辺りを警戒しながら、ウタカタは墓地に足を踏み入れた。微かにホタルの匂いが残っている。宙に浮かぶジャック・オ・ランタンは、蝙蝠たちと軽快にワルツを踊っていた。不協和音が続く歌声に、思わず耳を塞ぐ。

「随分と遅かったじゃないですか」

 耳にあてた掌越しに、聞き覚えのある男の声がした。振り返ると、以前ホタルに薬を貰い、そしてナイフを渡した男が、ニタニタと笑っていた。

「未だ生きているということは、私の僕たちは貴方に殺られてしまったということでしょうか?全く、なり損ないに殺されるとは情けない」
「ホタルをどこへやった」
「さあ、なんのことでしょう」
「惚けるな。お前からホタルの匂いがする。それと、血の匂いもだ。お前がホタルを攫ったことは、とっくにわかっている」

 ウタカタの睨むような視線に、シラナミはくつくつと音を立てて笑った。雲は相変わらず月影を隠している。
 闇に包まれた墓地には、不愉快な音楽が流れていた。唇からこぼれた犬歯を、シラナミが美味そうに舐めとる。風に靡く外套から、血の匂いが蔓延した。

「あれは私にはたまらない馳走でした。まだ舌の上に、あの甘美な味が残っているようです」
「ホタルを喰ったのか!!」
「とんでもない。あれはまだ魔女のなり損ない。いくら馳走と雖も、丸呑みするには尚早でね。完全な魔女になるまで、少し眠っていてもらうだけですよ」

 シラナミが片手で顔を覆い、愉しげに笑い声を漏らした。慇懃無礼な態度が、ウタカタの神経を逆撫でする。爪を構えて、ウタカタはシラナミを睨みつけた。荒い呼吸が、ウタカタを怒りに震わせる。

「ホタルは今どこにいる」
「さあね」
「答えろ!!」
「そんなに焦らなくても、もうすぐ会わせてあげますよ。ただし、その時貴方の身体は、心臓ひとつだけですが」

 シラナミが外套を広げると、踊っていた蝙蝠たちが、一斉にウタカタに飛びかかった。ジャック・オ・ランタンは砂埃を起こし、ウタカタの視界を妨げる。

「なり損ないは、所詮私の敵ではない。月の力がなければ、変化もできないのだからな」

 ウタカタは蝙蝠を爪で突き刺し、そのままジャック・オ・ランタンに投げつけた。奇声と血飛沫の飛び交う墓地を走り回り、ウタカタは蝙蝠たちを追い払う。

「ホタルを返せ。今すぐに」
「なぜ、あんな小娘に執着する?あいつはお前を殺そうとした女だ」
「違う。ホタルはオレを殺そうとはしなかった。自分のために、誰かを犠牲にすることを許さなかった」
「ふん、つまらない情愛だ。虫酸が走る」
「ホタルはお前に薬を渡した。自分の力を高めることより、名も知らない病人の命を救うことを選んだんだ。その気持ちを利用して、お前は、ホタルを……!!」

 ウタカタが蝙蝠の死骸を踏みつけ、シラナミに爪を立てた。しかし月影を浴びていないウタカタの力では、シラナミの外套に穴を開けることも出来なかった。
 至近距離で睨み合いを続けながら、シラナミはウタカタの首に手を回した。ウタカタは苦しみに顔を歪めながらも、必死にシラナミに爪を立て、その肉を切り裂こうとした。

「なり損ないが。この俺様に刃向かうとは、とんだ恥さらしだ」
「ホタルを……返せ…………」
「すぐに会わせてやる。さっさと心臓を寄越せ」

 シラナミが爪を伸ばし、ウタカタの左胸に先端を突き刺した。ウタカタの声帯を抉り取ったような悲鳴が、暗い墓地に木霊した。シラナミがその声に歓喜の表情を浮かべ、心臓に手を伸ばす。その時だった。

「うっ、あああああ!!!」

 シラナミが突然鼻を押さえ、ウタカタを突き飛ばした。血の流れる胸部に手を当てながら、ウタカタはシラナミを凝視する。さっきまでとは打って変わって、シラナミは弱々しく涙を流していた。2人の男の荒い呼吸が、血まみれの墓地に響く。

「お、前……どうして、その薬草を……」

 シラナミは自分の腕に爪を突き刺し、痛みで意識を取り戻そうとした。シラナミの言葉を聞き、ウタカタはしまっていたハーブを取り出す。ホタルから貰った黄色いハーブの花が、爽やかな香りを漂わせている。辺りに蔓延していた血の匂いを浄化するように、ハーブの香りはウタカタの気力を奮い立たせた。ハーブを手に握りしめ、シラナミに対峙する。

「何がなり損ないだ。ホタルが育てた薬草は、随分と効果があるようじゃねーか」

 ウタカタが雄叫びを上げると、それに合わせたように、雲が月の前から姿を消した。月影がウタカタに降り注ぎ、荒々しい見た目へと変化させていく。
 シラナミが体勢を整えたときには、鋭い爪が、目前まで迫っていた。悲鳴を上げる間もなく、シラナミの身体がふたつに切り裂かれる。ウタカタの嘶くような声が、ハロウィンに木霊する。闇に浮かぶ満月は、変わらず大きな円を描いていた。