現に見る夢

「ここで師匠と出会ったんですよね」

 暖かな風が髪を揺らし、甘い香りのする空気を吸い込む。宙を舞った黄色い花弁が、おかえりと言うように手の平に乗っかった。

「懐かしいな。あれから何年になる」
「もうすぐ三年になります。遁兵衛は元気にしているでしょうか。手紙で近いうちに帰ることは伝えているけど、なんだか緊張しちゃって……」

 見上げた砦はあの頃と何も変わっていないように思えた。大きく深呼吸をしてそのまま見つめていると、大きな手の平で優しく肩を叩かれる。

「何を緊張しているんだ。あそこはホタルの故郷じゃないか」
「それはそうですけど……」
「それに、遁兵衛に見せるんだろう?立派な忍になった姿を」

 師匠の言葉に今までの修行の日々を振り返る。決して楽な旅路ではなかった。けれどとても楽しかった。見たことのない術、見たことのない景色。全てが新鮮で瑞々しい毎日だった。
 それを伝えるように、今度は師匠の顔を見上げてにっこりと頷く。きっと遁兵衛も喜んでくれるはずだ。もうあの頃の私ではない。今の私なら立派な土蜘蛛一族の頭領として皆を引っ張っていくことができる。お爺様に託された夢を叶えることができる。

「……あ、砦に着く前に師匠に聞いておきたいことがあるんですけど」

 私の言葉に師匠は歩きを止めてこちらを見つめた。重なった視線に不安を見透かされるような気がして思わず目を逸らす。

「砦に帰っても、この先も……ずっと一緒にいていただけないでしょうか。修行の旅は終わりました。でも……私はもっと、師匠の教えを乞いたいのです」

 逸らしていた視線を上げ、縋るように問いかける。師匠は数秒驚いたように目を見開き、そしてふっと柔らかい笑みを浮かべた。

「ああ。どうせ元は根無し草の抜け忍だ。今更行くところもない。それに、ホタルにはまだまだ教えることがたくさんある」

 そう言って私を撫でる師匠に喜びが込み上げてくる。感情にまかせて師匠に抱きつくと、師匠は慌てたように素っ頓狂な声を出した。嬉しくて嬉しくてたまらない。私はこの先も師匠の傍にいられる。一緒に生きることができる。

「ウタカタ師匠、大好きです!」

 甘い花の香りに混じって嗅ぎ慣れたシャボンの香りも鼻孔をくすぐる。いい加減離れろとそっぽを向く師匠を無視して、そのまま腕に抱きついた。砦はもう目の前だ。これから新しい道が開けようとしている。
 この幸せな日々が、ずっと続く気がしていた。







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