はぐれないように

 闇に包まれる森の中を、ナルトさんのチャクラを頼りに駆け抜ける。砦を飛び出してから、碌に休息をとっていないけれど、疲労を感じている暇はない。渇いた咽に唾を呑み込み、額に流れる汗を拭う。一刻も早く、師匠に辿り着かなければ。その思いだけが、私の足を突き動かした。

「大丈夫か?ホタル」

 走りながらこちらを振り向くナルトさんに返事をして、その背中を見つめる。あの時とは違うチャクラに包まれた姿に、師匠と同じ気配を感じた。禁術が暴走し、全てが弾ける瞬間に、私とウタカタ様を覆った、巨大なチャクラの塊。まったく同じものではないけれど、ナルトさんを覆っているチャクラからも、あの時のような強い力が伝わってくる。私が背負っていた禁術の力よりも、遙かに大きな——底知れない気迫が、ナルトさんを追いかける私のところまで届いてくる。

「ナルトさん、お聞きしたいことがあるのですが」

 掠れた息を吐き出しながら、前を走る背中に向かって声をかけた。ナルトさんを包むチャクラの正体が、一体何なのかは想像もつかないけれど、きっとナルトさんなら、あの話も知っているはずだ。

「ナルトさんは、人柱力という言葉をご存知ですか?」

 私の言葉に、ナルトさんの肩が弾かれたようにぴくりと揺れた。見開いた視線が私を振り返ったあと、すぐに口元を引き締めて前を向き直る。

「……どこで聞いたんだ、その言葉」
「師匠がいなくなってから暫くして、叔父さんから聞いたんです。ウタカタ師匠は、霧隠れの抜け忍で、——六尾の人柱力だって」

 話を聞いたあの時は、ただの悪い噂だと、それほど気に留めなかった。けれど、今は違う。師匠が命を落としたあとも、兵器として使われ続けているのには、何か理由があるはずだ。もしかしたら、師匠が里を抜けた理由も、その人柱力にあるのかもしれない。

「私は、師匠のことを何も知りません。ウタカタ師匠が、どうして自分の師匠を手にかけてしまったのかも、どうして今、こんなことになっているのかも、何も知らないんです。だから、せめて、……あの噂が本当だったのか、知りたいんです」

 腹を据えてナルトさんを見つめると、「そういうことか」と小さく呟く声が聞こえた。走っていたナルトさんの足が止まり、身体をこちらに向き直して、じっと顔を凝視される。真剣な表情に私も足を止め、掌を握りしめながら瞳を合わせた。

「……人柱力ってのは、尾獣を体内に封印された人のことだ。尾獣はすげーチャクラを持っていて、時には里を襲ったこともある。人柱力は、その力のせいで、皆から怖がられて、疎外されてるヤツが多い。その噂が本当なら、きっとウタカタも、里では良い扱いを受けていなかったはずだ」

 ナルトさんが、腹部に手を当てながら、苦悶の表情を浮かべた。聞かされた話に両手で口を覆って、目を見開く。師匠の体の中に、人々から忌み嫌われる、巨大な力が封印されている…………鈍器で殴られたような衝撃に思考を揺らしながら、師匠の言葉を思い出す。
「身勝手な連中が、従うだけの人間に平気でこんな無残な真似をしやがる。……俺たちを……ただの器としか考えてない、物を言わぬ器と……」
 耳に届く悲痛な声色に、師匠の苦しみを実感する。師匠は私の苦しみを知っていた。巨大な力を持つが故に、周りから疎外され、独りで生きていくしかない道を、ウタカタ様も歩んでいた。

「ウタカタ、師匠は……」
「ああ。昔のお前と一緒だ。ウタカタがどうしてお前を救ったのか、今ならはっきりわかるってばよ」

 悲しげに笑みを浮かべるナルトさんに、思わず視線を落とす。禁術を自分から受け入れたと言ったときに、師匠は私を叱りつけた。その師匠の想いが、今なら痛いほどに伝わってくる。
 涙を流す私の肩を優しく叩いたあと、ナルトさんが遠方をじっと見据える。引き締まったその表情に、涙を拭ってナルトさんを見上げた。

「急ぐってばよ。あまり時間がねぇ」
「はい」

 大きく頷いて、再び森の中を走り出す。空の下には、もう太陽が昇り始めていた。


****


 砂埃が巻き起こる戦場を、木の陰からそっと見つめる。ナルトさんの分身は消え、辛うじて状況が確認できるこの場所で、私は1人、立ち竦んでいた。

「ここから先は危険だ。戦闘が落ち着くまで、絶対に近づくんじゃねぇ。わかったな」

 念を押すように言われたナルトさんの言葉が、頭の中に蘇る。木々が薙ぎ倒される音がして、耳を劈くような爆発音もした。ナルトさんは無事なのだろうか。ウタカタ師匠は。
 聞いたことのない恐ろしい轟きに体を震わせながら、怖ず怖ずと木の横へと足を踏み出した。遠い視線の先に青い着物を見つけ、思わず声を上げる。

「ウタカタししょ……」

 名前を呼び終わる前に、ナルトさんの放ったチャクラの玉が、師匠の体に命中した。悲鳴と共にに後ずさりした瞳に、信じられない光景が飛び込んでくる。

「うそ……どうして…………」

 攻撃を受けた師匠の体は、血を流すこともせず、バラバラの紙屑のように散らばっていた。そしてすぐに、千切れた胴体を作り直すように、元の形へと戻っていく。
 声を出すことも、泣くこともできなかった。思考を奪われ、戦争の道具とされてしまったウタカタ様は、死ぬこともできないのか。あの暗く恐ろしい苦しみの中で、ウタカタ様が癒やされることはない。瞳孔の中に吸い込むように、粉々になっていく師匠の姿を見つめた。私がいけないんだ。私との旅の許可を貰いにいかなければ、師匠は狩られることはなかった。ううん、私が師匠を引き留めなければ、今頃暁の手の届かない、遠い国へと逃げられていたかもしれない。
 呟くように名前を呼んで、唇を強く噛みしめた。どんなウタカタ様でも受け入れてみせると、あの時に誓ったのに、私には何もできない。悪戯に傷つけられる姿を見つめながら、それを救えるほどの力が、私にはない。師匠は私を救ってくれたのに、私は師匠を救えない。
 師匠の体を、細い刀が射るように貫通する。いつの間にか溢れていた涙が、頬を伝った。

「やめて、お願い……もう、やめて…………」

 これ以上あの人を傷つけないで。戦いの道具として、自由を奪わないで。
 ふらり、ふらりと、足を前に進める。大切な人が苦しむ姿なんて、2度と見たくなかった。私はただ、師匠と共にいられれば、ウタカタ様が生きていてくれれば、それで良かったのに。
 前に進む足の動きが、だんだんと速度を増していく。辺りを覆う爆音が、空気を伝って、私の身体を震わせた。ウタカタ様の背後から、ナルトさんがチャクラの玉を構えて助走をつけていた。大きく振りかざしたチャクラの光が、ウタカタ様を眩しく照らす。

「やめてー!!!!!」

 叫びながら、ウタカタ様とナルトさんの間に、両手を広げて突き進む。ナルトさんが私を呼ぶ声が聞こえ、凄まじい衝撃音が目の前で弾けると、何かに覆われるように、身体が地面に叩きつけられた。目の前に広がる紙屑に、愛しい人の名前を呼ぶ。ウタカタ師匠、私は貴方を、救いたかった。





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