この身さえ焼き尽くせばいい

 ぼんやりと霞む視界に、薄暗い森が映った。ここはどこだろうか。立ち止まって辺りを確かめたいのに、身体は言うことを聞いてくれない。先頭に立つ黒い衣を追いながら、自由の効く視線を動かした。見慣れない姿が、オレと同じように森の中を走っている。数は6といったところか。一体それが誰なのかと思考を巡らす間に、見覚えのある背中を見つけて息を呑む。

(まさか、あれは……)

 木蘭色の髪に、背中に背負う緑の花飾りが付いた武器。間違いない、かつて霧隠れを恐怖政治で支配していた、四代目水影だ。どうして彼がここにいるんだ?混乱する頭に、鈍い痛みが走る。

「気がついたか」

 隣から聞こえた声に、はっとして顔を上げる。横目で姿を確認すると、紫色の着物を着た老爺がこちらを見ていた。額当ての岩の紋章に眉を顰めると、老爺はオレの姿をながめ回すように視線を動かし、また目を合わせた。異なった模様の目玉が、貫くようにオレを見つめる。

「その様子じゃあ、まだ己の状況を把握していないようだな」

 老爺の言葉に、改めて周りを見渡す。見慣れない忍に、消息を絶ったはずの四代目水影。状況を掴もうと記憶を辿れば、自分を囲む暁の衣と、オレを見つめて微笑む少女の顔が浮かんだ。

ああ、そうだ。

 ようやく掴み取れた現状に、身体の力が抜けていく。オレはあの時、砦にホタルを残したまま、暁に捕らえられた。そこからの記憶は曖昧だ。だが、自分がもう生きていないことは知っている。だとしたら、オレは今、どこにいるのだろうか。死後の世界にしては、あまりに生々しい。けれど、あの状況でオレが助かったとは思えない。

「私たちは、あの男の仲間の手に寄って、穢土転生されたのよ」

 オレの思考を読んだかのように、前を走る女が口を開いた。「穢土転生」、聞き慣れない言葉に、再び眉を顰める。

「無理矢理生き返らされたってことっすよ。この身体も、もとは別の人間のもの。こうやって元の世界に戻ってきているけど、自由なんてものはない。全部あの男の言いなりっす」

 背後から聞こえた声に、先頭を走る黒い衣を見る。穢土転生、それが良からぬ術であることはわかった。けれど、わざわざ死んだ人間を生き返らせて、あの男は一体何をしようとしている?何もわからぬまま進む足に、下唇を噛んだ。生き返ったとは言っても、痛みは感じないらしい。死に損ないの身体が恨めしく、そのまま大きく舌打ちをした。結局オレは、無力なままだ。

「しかしまあ、人柱力と言えど、俺たちだって人間だ。せっかくこの世に戻ってきたというのに、家族のひとりにも会えないとは……つくづく災難な人生だな。お前もそう思うだろう?」

 頭に傘を被った男が、ため息交じりに声を落とした。先ほどからずっと走り続けているというのに、身体は疲れを感じない。苛立ちを抑えるように目を閉じ、今までの人生を反芻する。

「オレに家族なんていない。オレにいたのは————」

 あれからどのくらいの月日が経ったのだろう。ホタルは今もオレを待ち続けているのだろうか。だとしたら、一体オレはどうすればいいのだろう。意識はあるというのに、ホタルに別れを告げることもできない。こんな不合理な思いをするくらいなら、素直に死んでしまいたかった。

「オレにいたのは、師匠と弟子だけだ」

 瞼を開け、全ての原因である黒い衣を見つめる。これから一体何が始まるのか。その答えに辿り着く前に、頭部に衝撃が走り、意識が遠のいていく。思考まで制御できるとは、ほとほと便利な術だ。自嘲の笑みを浮かべると同時に、完全に思考が閉ざされる。意識が暗闇に吸い込まれる瞬間、ホタルの気配を、感じた気がした。





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