Boo! From me to you. Happy halloween!

 色とりどりのジャムを食パンに塗り、ウタカタは口に頬張った。ハーブの香りの漂う食卓に、小鳥の囀りが色を添える。少し離れた場所では、老爺がロッキングチェアに座り、ゆらゆらとシガーを吹かしていた。その横で、ホタルがハーブを取り分けている。

「今年の収穫はどうだった?」

 ウタカタが尋ねると、ホタルは満面の笑みで籠いっぱいのハーブを見せてきた。その中には、あの日ウタカタの命を救った、ディルも含まれている。

「大豊作ですよ!これなら切らしていたお薬も、すぐに作ることができます」

 ホタルは籠をテーブルの上に置くと、ウタカタの皿に乗っていたパンを取って一口囓った。そしてイタズラに笑顔を向けると、被っていた帽子を脱いで椅子へと腰を下ろす。

「おいおい、名のある一族の魔女がそんな行儀でどうする」
「えへへ、ごめんなさい。ウタカタ様」

 ホタルはジャムを食パンに塗ると、可愛らしく小首を傾げた。そんなホタルに、ウタカタはやれやれというように目を細める。
 あの騒動から、1年が経とうとしている。教会で命を吹き返したホタルは、そのまま慌てるように魔女試験の会場へと飛び立っていった。ウタカタの心臓を手に入れたホタルは、箒の試験も難なくクリアし、一人前の魔女としての称号を手に入れた。その証となったブローチが、ホタルのローブの真ん中で、きらりと光っている。

「朝食を食べ終えたら、一緒に薬を作りましょう?その前に、あの薬の材料も手に入れなきゃですね」

 食パンを頬張りながら、ホタルはいつかのように忙しなく動き回っていた。一人前の魔女となったホタルは、製造できる薬の種類も増え、そのひとつには、ウタカタの魔力を抑える物もあった。ホタルと共に過ごすことで、ウタカタは満月の光を浴びても、理性を失うことがなくなり、魔物の姿になることも、自分でコントロールできるようになっていた。

「本当は、完全に魔力を消し去れたらいいんですけれど、そうすると今度は、ウタカタ様の命が危うくなってしまって……」
「いいんだ。今のままでも充分救われている。それに、完全に力を失ったら、ホタルを守ることもできなくなるからな」

 森に向かいながら、ウタカタはホタルの手を握った。あの日、ホタルに命を預けると決めてから、ウタカタは随分と穏やかになった。同時に自分の気持ちを表現することも増え、ホタルに向けた動作も、愛情が感じられるものに変わっていた。

「守らなくていいですよ。私は、一人前の魔女なんですから」
「それじゃあ、格好がつかないだろう」
「ふふっ。……ねぇ、ウタカタ様。もうすぐあの夜がやって来ますね」

 空を見上げて、ホタルはウタカタの手を握り返した。今年のハロウィンには、あの蠱惑な女王は現れない。けれど、魔物たちはまた、宴の準備を始めるのだろう。
 ジャック・オ・ランタンの歌声を思い出して、ウタカタは思わず顔を歪めた。あんな夜は、もう散々だ。重なった掌を確かめながら、ウタカタはホタルに顔を向けた。こちらを見上げるホタルの顔が、穏やかに笑みを浮かべている。

「ウタカタ様、あの時の気持ち、まだ変わっていませんか?」
「当たり前だろう」
「私、思ったんです。あの後、私はすぐに魔女試験に向かってしまって、そのあとも色々と忙しくて、ちゃんと返事をしていなかったなって」

 ホタルは繋いでいた手を胸の前に持ってくると、ウタカタの顔をしっかりと見つめた。やわらかい視線が、2人の間で重なり合う。

「私も、ウタカタ様を愛しています」

 ホタルはそう伝えると、踵を上げてウタカタの唇に優しくキスをした。ウタカタもそれに応えて、ホタルの腰に手を回す。
 長く優しい口付けが終わると、2人は鼻の先を合わせたまま笑い合った。空はまだ青く、今日の終わりが遠いことを暗示している。

「行こうか、ホタル」

 手を繋ぎ直すと、2人は並んだまま森の中へと入っていった。明るい木漏れ日が、その姿を優しく照らす。小鳥の囀りと重なるように、2人の笑い声が、穏やかな森の中に、いつまでも響いていた。



(fin.)