死にながら光る石

 風がそよぐ水際に、花を一輪供える。それが意味のある行為なのか、私にはわからない。ただ、ここがあの人がいた、最後の場所だということはわかる。おざなりに積まれた石を、指先で弾き倒した。
 馬鹿みたい。ここがあの人の最後の場所だとしても、ここにあの人はいない。眠ってなんか、いない。

 あれから幾月が経っただろう。突然現れた風来坊は、私の周りを掻き乱し、何も残さず消えてしまった。ただひとつ、私が生きているという事実だけを残して。

「ウタカタ師匠……」

 結局数えるほどしか呼べなかった。溢れそうになる涙をこぼさないように、蹲って膝頭を目に押しつける。視界が痛く、ぼやけた。深い森の中は、私の呼吸と、風がそよぐ音しか聞こえない。
 すぐ隣の国では、多くの忍びを巻き込んだ戦争が行われているなんて、嘘みたい。この場所はあの日から、時が止まったかのように動かない。崩れた地面も、何もかもがそのまま。旅に出るはずだった私は、まだ土蜘蛛の里に留まり続けている。

 私の願いとは反対に、土蜘蛛の繁栄はまだ夢の話。この里には戦力になるような忍も、敵を滅ぼすような大術もない。あの争いに巻き込まれなかったのは幸か。あの日、師匠が現れなかったら、禁術を狙う忍が、また里を襲ってきたかもしれない。
 そう、今私が生きているのも、里が平穏でいられるのも、全部師匠のおかげ。でもそのことを知っているのは、私と遁兵衛だけ。それが悔しくてたまらない。
 あんなに追いかけて、やっと捕まえたと思ったら、シャボンのように消えてしまった。伸ばした手の隙間から、沫となって離れていく。声を枯らして名前を呼んでも、何も応えてくれない。生きているのか死んでいるのか、それさえもわからない。


 誰もが私を慰める。

「人柱力だったなんて……それじゃあ戻ってこなくても仕方ない」

 そんな名前であの人を呼ばないで。

「人柱力だったのか……出て行ってくれて良かった」

 違う。違うの。あの人は、師匠は

「雲隠れの人柱力が襲われたって。こりゃあ、あの抜け忍も命はないだろうな」

 ウタカタ様は————


 思考を遮るように顔を上げる。いつのまにか、頬は涙でぐちゃぐちゃになっていた。信じていたいのに、どこかで諦めている自分がいる。私は師匠を待っていなくちゃいけない。それが、師匠が私に言った、最後の言葉だから。

「ししょうの……ばか」

 期待だけさせておいていくなんてひどい。でも師匠を恨む気にはなれない。だって知っているから。師匠はそんなことはしないって。こうやって今も帰ってこないのは、何か理由があるんだって。
 でもその理由を知ってしまったら、私はきっと、師匠を待っていられなくなるから。だから何も知らなくていい。わからなくていい。私はこうして、いつだって師匠の帰る場所であり続ける。いつか師匠が迎えにきてくれたときに、私を探さなくてすむように。すぐに師匠の傍に駆け寄って、「おかえりなさい」って言えるように。

 供えた花を川に流して、木々の隙間から見える空を見上げた。辛くなんてない。師匠を待つことが、師匠を信じることになるのなら、何年だって、私はここに残ろう。師匠の記憶が消えないように、師匠の言葉を、消さないように。


Thanks for alkalism