お菓子をくれても悪戯します

 部屋の端で胡座をかいたまま、黙って本を読む師匠に近づく。そろり、そろり。こう見えたって、私も忍の端くれ。気配を消して忍び寄るなんて、犬がワンと鳴くくらいに簡単なもの。だけど——

「一体何を企んでいるんだ?ホタル」

 どきり、と心臓が跳ねたように立ち止まる。慌てて手に持っていたものを後ろに隠し、振り向いた師匠に曖昧な笑顔を返した。

「忍び足の練習です。師匠ったら、すぐ気づいちゃうんだもの」
「弟子に背中を取られるようじゃ、師と呼ばれる資格はない。——で?本当は何をするつもりだったんだ?」

 うっ、と息を呑む私に、師匠は呆れたように目を細める。上手くごまかせたと思ったのに、師匠にはいつも敵わない。諦めて背中に隠していたものを取り出し、師匠に見せる。

「……なんだコレは」
「猫耳です」
「…………何に使う気だった」
「今日はハロウィンですよ!だから、師匠にも仮装をしてもらって、一緒にパーティーでもしようかなぁって、思いまして」

 ちなみに私の仮装はコレです!とカボチャの被り物を見せると、師匠はこれでもかというくらい盛大なため息をついた。

「馬鹿か、お前は」
「ひどいです!私は師匠とハロウィンを楽しみたいと思って……」
「なら、せめて逆にしろ」

 そう言ってカボチャの被り物を投げ捨てた師匠は、私の腕を引き、師匠に付けるはずだった猫耳を私の頭につける。そうしてじっと私を見つめると、満足そうに口角を上げた。

「し、師匠?」
「……なかなかだな。ホタル、鳴いてみろ」
「え?泣く?」
「そっちじゃない」
「に……にゃー?」

 言われるままに声を発すれば、師匠の目が少し見開き、私を掴んでいた腕が少し震えた気がした。心なしか、頬が赤い。

「師匠、どうし……」
「ホタル、ハロウィンは確か、悪戯をしてもいい日だったよな?」
「え……と。少し解釈が違う気もしますけど」
「楽しそうじゃねーか、ハロウィン。ホタルがその格好すんなら、朝まで付き合ってやるよ」

 そう言って顔を近づけた師匠の瞳が妖しく色をつけたのは、きっと私の気のせいじゃ、ない。



(師匠!お菓子たくさんあげますから、離しっ……)(そんなものいらない。それより甘いもんが、目の前にあるだろ?)(——!!)


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