白波ハラスメント

 我が名はシラナミ。かつて世界に名を馳せていた土蜘蛛一族の優秀な忍だ。とある事情があって今までは牢獄に監禁されていたが、それも昔のこと。これからオレは、新たな栄光を得るために、かつての仲間を集めて話し合いを、

「頭、何さっきから独り言を言ってるんですか」
「うるさいぞチュウシン!!せっかくオレが親切丁寧にこれからのことを説明してやってるのに!」
「説明なら散々聞きましたよ。ウタカタとか言う抜け忍とあの小娘に、ぎゃふんと言わせたいんでしょう」
「そうだ!アカボシ!しかもその2人は今旅を終えてあの砦で暮らしているらしい。しかも2人きりで!!」
「ストーカーかよ、頭」
「うるさいベンテン!!……とにかく、あの2人に嫌がらせがしたい。もちろん牢獄行きは避けるために、捕まらない範囲の嫌がらせだ。何かいい案はあるか」
「あいつの家の砂糖と塩を入れ替えるとか」
「却下」
「玄関に置いてある靴を片方だけ隠すとか」
「却下」
「家のティッシュ全部を濡らすとか」
「却下!!お前たち、もっといい案はないのか!」
「ウタカタに化けて、小娘に嫌がらせすればいいじゃないですか。そしたら小娘もウタカタを嫌って、仲も裂けますし」
「——!さすがナンゴウだ!!その手で行こう!!」

 そうして名案を思いついたオレは、素晴らしい変化でウタカタに化け、様々なトラップを華麗にくぐり抜け砦に侵入した。オレの情報が正しければ、ウタカタは今霧隠れに出かけていて、砦にはいないはずだ。決してストーカーではない。オレ様の情報収集能力が素晴らしいだけだ。

(いたいた……。くく、呑気に洗濯物なんて干してやがる。これからどんな悪夢が起こるか知らないで……)

 物陰からホタルを覗き見、静かにほくそ笑む。いくらオレの変化が素晴らしいとはいえ、念には念をいれよう。よりウタカタらしく、ホタルを騙さなければならない。

「ホタル」

 うむ、我ながらいい声だ。オレの呼び声を聞き振り返ったホタルは、オレの姿を見るなり首を傾げて口を開く。

「あら?ウタカタ様、今日は霧隠れの里へお出かけになるんじゃありませんでした?」
「ああ。その用なら終わった。予想より早く片付いたんだ」
「そうなんですか。——おかえりなさい、ウタカタ様」

 占めた。こいつはオレのことを完全にウタカタだと思っている。この無防備な笑顔が証拠だ。——さて、これからどんな嫌がらせをしてやろうか。

「お疲れでしょう?今お茶を入れてきますね」
「ああ、すまないな」

 煎れたての茶を膝の上にこぼすってのはどうだ?——いや、少し古典的すぎるか。なら、この洗い立ての洗濯物を池に捨てるのは……うむ、我ながら名案だ!洗濯のやり直しほど面倒なことはない!!

「ならばこのシーツたちを集めて……」
「ホタル、今帰っ……!!お前、何者だ!!」
「——!!」

 嬉々としてシーツに手を伸ばすと、後ろから不穏な声が聞こえる。これはまずい。いくらオレの変化が完璧でも、本人が目の前にいれば意味がない。ここは……

「お前こそ何者だ!オレに変化しやがって、何の目的でここへ来た!?」

 必殺・責任転嫁。我らマガキ衆は四字熟語の技を得意としている。——ウタカタ、久しぶりすぎて忘れていたな。

「何言ってやがる。お前がオレに変化しているんだろう」
「違うな。お前がオレに変化しているんだ」
「いや、お前がオレであるはずがない。なぜならオレはここにいる」
「いいや、オレはここにいるんだ。お前がオレでここにいたら、お前がオレでオレはオレじゃなくなる」

 ふふ、お互い何を言ってるかわからなくなってきたな。この混乱も作戦のうちだ。この空きにシーツを池へ捨て、さっさと逃げ出そう。

「ウタカタ様、お茶の用意が……って、あら?ウタカタ様が2人??」

 くそ!どうしてこうも邪魔が入るんだ!!……だがこれはチャンスかもしれない。ホタルにオレがウタカタだと信じこませれば、ウタカタを追い出し、悠々と嫌がらせに励める。

「ホタル!こいつはオレの偽物だ!近づくな!!」
「何を言う。お前がオレの偽物だろう。ホタル、お前は下がっていろ。オレが片付ける」

 じりじりと視線がぶつかり、ウタカタがシャボン器具をかまえた。まずい、あの術を使われては、オレが偽物だとばれてしまう。ここはホタルを人質に取り、ウタカタを畏縮させるしかない。

「ホタル、危ない!!」
「——!!」

 ホタルを抱きかかえるように攫い、すぐに屋根の上に飛び乗る。ホタルが傍にいれば、むやみに攻撃できまい。——さて、このままウタカタを倒し砦を荒らして……

「水遁、水喇叭!!」
「ぬおっ!?」

 突然後ろから水飛沫を浴びせられ、衝撃で屋根から滑り落ちる。咄嗟に体勢を整えるが、待ち構えたウタカタのシャボンに捕まり、なんとも情けない姿になってしまった。

「よくやったな、ホタル」
「ウタカタ様との修業のおかげです!」
「ホタル……お前、どうしてオレが偽物だとわかった!!」
「そんなの、一目見ればわかりますよ。だてにウタカタ様の弟子をやっていません」

 得意げに胸を張るホタルと、それを褒めるウタカタ。嫌がらせで仲を裂くどころか、余計に仲を深めてしまった気がする。

「……で?一体何をしに来たんだ?」
「ふん!お前たちになど教えてやる必要はない!!」
「遊びに来たんじゃないんですか?あ、お茶が冷めてしまいます。シラナミさんも一緒にどうですか?」
「——!あ、ああ。頂こう」
「おい、ホタル」
「大丈夫ですよ。さ、ウタカタ様もどうぞ」

 ふふ、さすがオレ様だ。作戦その1は失敗に終わったが、この頭脳明晰なオレ様なら、その2やその3なんて簡単に思いつく。なに、茶を飲みながらゆっくり考えれば……

「——!!」



「苦いっ!辛いっ!なんだこの茶は!!」
「ふふ、昔私たちに嫌がらせをした罰です」
「ホタル……」