いずれ恋になる
頬にかかった髪に触れられるだけで、息がつまりそうなほど緊張するのがわかった。私が知ってるのよりも大人びたその人は、穏やかな表情をしながら私に触れる。小さな声で名前を呼べば、手の動きを止めて瞳を合わせてくれた。「これは……どういうことなんでしょうか?」
「さあな……。だが大方、お前が未来へ飛んできたと見ていいだろう。お前はオレが知ってるホタルよりも、幼い」
そう言ってウタカタ様は、私を撫でる仕草を再開する。
未来へ飛んできた。なんて簡単に言うけれど、それってとても大変なことじゃないかしら。
「わ、私……一体どうしたら……」
「慌ててもしょうがない。ここに来る前のことを思い出すんだ。何か分かるかもしれない」
落ち着いた低い声が、近い距離で耳に届く。未来に飛んできたなんて、普通なら不安で仕方ないはずなのに、ウタカタ様が傍にいるというだけで安心する。顔をずらしてウタカタ様を覗き見れば、優しい細い目に私が映った。変わらない大好きな匂いが、肺をいっぱいに満たす。
「……私がここへ飛んできたということは、この先も私は、ウタカタ様と一緒にいるってことですよね?」
「ああ、そうだ。過去に戻ったら昔のオレに伝えてやれ。未来のホタルは今のホタル以上にいい女だから、絶対手放すんじゃないぞって」
額を合わせてそんなことを言われて、私の顔はますます赤くなってしまう。
何かがおかしい。目の前にいるのは確かにウタカタ様なのに、表情がやわらかいし、まるで恋人のように距離が近い。
もしかして、もしかすると。
背中に回っていた手を掴んで、ウタカタ様の左手を見る。きらりと光るそれを見つけた私に、ウタカタ様がいっそう優しく微笑んだ。
「本当は昔のオレだって知ってるんだ。そんなことを伝えられなくったって、手放す気はさらさらないってことを」
顔を両手で包まれて、ウタカタ様と見つめ合うように顔を上げられる。ぼやけた瞳が体内に溶けて、酔ったように頭がくらくらした。ぐっと近づいた唇が、目の前で薄く開く。
「どうせオレのことだ。まだ口付けもしてないんだろう。可哀相だから、初めては奪わないでおいてやるよ」
悪戯げに口角を上げたのが見えたあと、額にふんわりと優しい感触がした。同時に気を失うように意識が遠くなる。怖くなってウタカタ様にしがみつけば、いつかのように優しく抱きしめてくれた。
******
「——タル!ホタル!」
私を呼ぶ声に目を開ければ、ぼんやりと視界にウタカタ様が映る。見慣れた服装に、戻ってきたのかと手を伸ばした。その手をウタカタ様は、しっかり握りしめてくれる。
「ホタル!良かった……!急に気を失って……心配したんだからな」
「ウタカタ様……」
あれは、夢?でも額には優しい感触がまだ残っている。起き上がってウタカタ様の左手を見ても、それはどこにもなかった。かわりに強く、私の手を握ってくれている。
「ホタル?どうした、気分でも悪いのか?」
顔を覗きこんでくる仕草に、あの時の言葉が蘇ってきた。自惚れてもいいなら、あれが夢でないのなら、ウタカタ様は、私のことを——
「ホタル?」
「大丈夫です、ウタカタ様。ちょっとぼーっとしちゃって」
「そうか?怠いのなら、どこかで休んで——」
「大丈夫です。ただ、もう少しだけ、このまま……」
握った手を胸元に持ってきて、ゆっくりと頬擦りをする。ウタカタ様は一瞬戸惑うように声を漏らしたけれど、すぐに右腕で私を抱きしめてくれた。あの時と同じ匂いが、鼻孔をくすぐる。
「ありがとうございます、ウタカタ様」
「あまり心配かけるなよ。お前になにかあったら、遁兵衛に顔向けできない」
「気をつけます」
繋いだ手はそのままに、今度はウタカタ様の胸元に頬擦りをした。いつかくるかもしれない時。その時は私も伝えてあげよう。私もウタカタ様から離れる気はないってことを。今も昔も未来も、ウタカタ様はずっと素敵だということを。