宇宙時計が回りはじめた

 見上げた太陽の眩しさに、反射的に目を細めた。幾日か続いた曇り空を追い払うかのように、神々しくもそれは大地に光を与える。はたしてそれは明かりを求める人のためか、それとも自分の存在を誇示するためか。そんなことを考えながら、空を見上げていた視線を下に戻す。

「久しぶりのお天気ですね。太陽が眩しい」

 先程のオレと同じように、ホタルが目を細めながら空を仰いだ。青い空が嬉しいのか、眩しそうにしながらも表情は明るい。

「やっぱり春は晴れてないと様になりませんね」
「そうだな」

 口角を上げるホタルに短く返事をして、立ち止まっていた足を進めた。
 明るい空に慣れたのは最近のこと。以前は追っ手の目を避けるために、暗い夜や雨の日を選んで行動していた。こんなふうに人目を憚らず、しかも隣に弟子まで連れて外を歩く日がくるなんて。人生はどこで何が起こるかわからない。

「師匠って、月みたいな人ですよね」

少し後ろで呟かれた声にまた足を止める。振り返れば、相変わらず楽しそうに空を見上げたホタルが微笑んでいた。

「こんな真昼間にその例えか」
「だって、ほら」

 視線を上に上げたまま指された先に目をやる。煩いくらいに存在を訴える太陽から少し離れた場所に、うっすらと月の輪郭が見えた。満月に満たない上弦の月。目を凝らさないと見えないほどの薄い月を指差し、ホタルは視線をこちらに向けた。

「こんなふうに太陽が前に出ているときも、月は黙って太陽に寄り添う」

 ホタルの瞳が優しく震えると、不意に空から下ろした手がそっと添えられる。両手で包み込むようにして握りしめると、ふっと口元を緩めて言葉を続けた。

「それに、太陽は夜になると沈んでしまうけれど、月はずっと傍にいてくれるんです。どんなに暗い夜だって、1人じゃないよ、って教えてくれる」

 それってまるで、師匠みたいな存在。紡がれた言葉を反芻して、ほとんどが気づかぬまま終わるであろう月を見上げる。
この月が、オレのようだとは。ホタルはどんな思考をしているんだろう。

「まったく。何を言うかと思えば」
「お気に召しませんでしたか?」
「いや。ただ、オレが月だと例えるのは少しおこがましいな。オレには万人を救えるような力はない」

 多くの人から愛され羨望される太陽に寄り添い、その太陽が疲れたときには代わりに光を与える。そんな力が自分にあるとは到底思えない。
 少し馬鹿らしくなって息を吐くと、掴まれていた手をぐっと引かれ、ムキになったように眉を吊り上げるホタルと距離が縮まる。

「師匠は私の月ですよ!いつだって傍にいてくれて、寂しいときは包み込んでくれて。だから、おこがましいなんてことありません!!」

 捲し立てるように言われ、唖然として瞬きを忘れる。少し経って事態がのみこめると、真剣なホタルがおかしくなってつい笑いを零してしまった。

「な、どうして笑うんですかっ」
「お前があまりにも真剣だからな」
「真剣にもなりますよ。全部本当のことですから」
「悪い悪い。そうだな。オレが月、か」

 ホタルの頭を軽く叩き、視線を合わせて礼を言う。途端に頬を染めるホタルにまた笑みを零したあと、もう1度空に浮かぶ月を見上げた。いつも傍にいて、寂しいときは包み込んでくれる。そんなふうに思われているのなら、月も本望というところだろう。
 凛とした真昼の月から目を落とし、不思議そうにオレを見つめるホタルの手をとり歩き出す。月はいつだって脇役でいい。光をもらい輝けるのは、いつも傍に太陽がいてくれるからだ。