ユートピアは崩壊しました
「どうしてオレたちは許されなかったんだろうな」ふと呟いた言葉に、ホタルは困ったように微笑んだ。赤い月は辺りを妖しく照らし、断末魔のような鴉の鳴き声が木霊する。地獄とも言える景色に似合わず、ホタルは相変わらず微笑んでいた。ただひとつ、弧を描いた黒い目だけが景色に馴染む。
「許されなかったって、一体誰にですか?」
「そうだな。この世界を創った神とでも言おうか」
「神様だなんて、そんなもの。とっくに信じていないでしょうに」
ホタルは微笑んだまま、オレの手を握る。それに応えて、暗澹とした空を見上げた。
世界はきっと、平和になった。ここに留まっているのは、オレたちだけだろう。
二人きりの楽園と称するには、些か不気味すぎる。それでも、ホタルは幸せそうだった。これはオレたちが望んだ世界だから。
「許されても、許されなくても、どちらでもいいんです。ただ、ウタカタ師匠を傷つける世界に、嫌気が差したから」
ホタルが背伸びをして、オレの頭を撫でる。そうして泣く子をあやすように、優しくオレの名を呼んだ。ウタカタ師匠。
「あんまりじゃないですか。どうして師匠ばかり、傷つかなくちゃいけないんですか?世の中は綺麗事ばかり。ハッピーエンドを拝めるのは、神に愛された人だけなんて……そんな神様なら、こっちから捨ててしまいます」
親を奪われ、師匠を奪われ、自由を奪われ、命を奪われ。何も残らなかったオレの人生に、一滴の光を落とした最愛の弟子。死しても尚、オレを慕い、オレのために命まで落としてしまった、可哀想な女。
「私は不幸じゃありませんよ。師匠と一緒にいられて、とても幸せです」
オレの心を読んだかのように、ホタルがまた微笑む。その笑みに、オレもつられて応えてしまった。
ここは、オレたちが創った世界。誰も、何も存在しない。オレたちだけのユートピア。