神様にかわるもの
その日はいつも雨だった。打ち付ける雨は窓を濡らし、深い霧は人々を家の中に閉じ込める。ただでさえ靄のかかっている霧の里だ。雨の日にはとっくに慣れている。屋根に当たり弾け飛ぶ雨粒の音も、目を閉じれば子守歌に変わる。
「ウタカタ様?そんなに外を見て、何かめずらしい物でもありましたか?」
昼寝をしている子を起こすような、柔らかいホタルの声がオレの名前を呼ぶ。隣に立った姿にちらりと視線をやり、真剣に外を見つめる顔に笑みをこぼす。
「何もない。雨が降っているだけだ」
「じゃあ、どうしてそんなに長い間」
「雨だな、と思ったんだ。去年も、その前も、生まれた時から、今日はずっと雨だった」
ぽろぽろと跳ね上がる音が心地良いのは、それがオレの原点だからなのか。
四六時中雨の降る、嫌でも陰鬱な気分にさせる季節。人々はため息交じりに空を見上げ、灰色の景色から目を逸らすようにカーテンを閉める。
自然と独りきりで過ごすことが多くなっていた。そうしていつしかその日を忘れ、何かの拍子に思い出しても、気づかない振りをしていた。何も特別なことではない。人は誰しも生まれ、死んでいく。オレが生まれた日なんて、世界では取るに足らないありふれた一日だ。
「ありふれた日だと思っていたんだ。わざわざ祝うことじゃない」
「そんなことありませんよ。私にとって、今日は特別で、大切な、かけがえのない一日です」
「そう言ってくれるのは、ホタルだけだろうな」
尾獣を背負い、日陰を歩いていたのはいつの事だろうか。自分の部屋とは思えない、飾り付けられた壁と、何段にも重なったケーキが、場違いなほど幸せな光を放っている。
「だから、ね?外なんか見ていないで、早くお祝いしましょうよ。プレゼントも渡してないし、私、早くウタカタ様を喜ばせたいんです」
「もう充分喜んでるよ、ホタル」
感情を表現するのは苦手だ。特に、こういった類の感情は。
抱き寄せたホタルの熱が、灰色の景色に色を付けていく。飾り付けも、ケーキも、世界を照らす太陽だっていらない。オレにはホタルさえいれば、それだけでいい。
ありふれた一日に、こんなに感謝する日が来ようとは。ああ、神様。オレは生まれてきて、この子に会えて、本当に良かった。
「ありがとう、ホタル。これからも、ずっとオレの傍にいてくれ」
例えその日が、雨の日だとしても、お前が隣にいれば、幸せに思えるだろう。