純愛さながら
瞼を開けて、自分が眠っていたことに気づく。暖かいこの場所は、ホタルの膝の上だろうか。大きな口を開けて欠伸をし、膝の主を確認するために顔を上に向ける。オレの視線に気がついたホタルが、目を合わせてにっこり微笑んだ。それを確認して、身体を伸ばしながら頭を起こす。「寝ていたか」
「ええ、半刻ほど」
「随分と眠ったな。膝は痺れてないか?」
「大丈夫です。それに、ウタカタ様ったら、とっても気持ちよさそうだったから」
唇に指を当てて、くすくすと笑うホタルに、少しだけ肩を竦める。眠る前は明るかった部屋の中も、もう夕陽が差し込む時間になっていた。まだ鈍っている身体を動かすように肩を回して、穏やかにこちらを見つめているホタルの顔を見た。そして、唐突にその笑顔が愛しくなる。
「ウタカタ様?」
何も変わったことはしていない、よくある一時だというのに、この気持ちはなんなのだろう。肩を抱き、いきなり触れた唇に、ホタルは目を丸くしてこちらを見上げていた。状況を確認して、その頬が、どんどん赤らんでいく。
「どうしたんですか?ウタカタ様らしくもない」
「別に、したくなったからしただけだ」
「そんな……。ウタカタ様って、こんなに正直な人でしたっけ?」
まるで別人を見るようなホタルの態度に、溢れていた愛しさが、羞恥に変わっていった。気まずさを取り払うために立ち上がり、ホタルに背を向ける。眉間に寄っていく皺が、不機嫌さを助長させた。
「なんだ、人がせっかく素直になってやったら、その言い方」
「あ、すみません!だってウタカタ様ったら、普段は頼んでもなかなかしてくださらないから、自分からしてくるなんてめずらしくて……」
「ふん。だったら金輪際、オレから口吸いをしてやるものか」
「拗ねないでくださいよ。私、とっても嬉しかったんですから」
拗ねていないと反論しようとした口を、ホタルの指で制止される。唇に触れた指先が、そのままホタルの唇に持っていかれた。まるで、さっきのキスを確かめるような動作に、むかついていた気持ちが穏やかになっていく。そのことがバレたのか、ホタルの顔も、安心したように緩やかに綻んだ。
その顔を見ながら、障子に手をやり、縁側へと足を運んだ。空は晴れているというのに、どこからか雪が吹雪いてきている。外気が肌を冷やしたのか、ホタルが寒さを凌ぐように、オレの腕に手を回した。冷たい雪が、頬に当たってチクチクと痛む。
「わあ!風が強いですね。もうすぐここも降るんでしょうか」
「そうかもな。然もすると、明日は積もるかもしれない」
ホタルが雪を捕まえるように手の平を広げ、空を見上げる。夕陽に照らされた雪は、ホタルの顔を幻想的に映し出していた。
「ねぇ、ウタカタ様。雪が積もったら、一緒に雪合戦をしましょうよ」
「嫌だ。なんで寒いのにわざわざ外に出なくちゃならない」
「じゃあ……雪玉を使った、接近戦の修行を!」
「お前……ただ言い換えただけだろう」
ちろりと舌を出すホタルの額を指で小突いて、腕に縋りついていた身体ごと、部屋の中に戻す。そのあとに続いた抱擁は、師弟とは言えない、恋人同士の行為だった。けれど、たまにはそれもいい。冷えた身体を温めるには、女を抱くのが1番だ。それが、愛し合っている女なら、尚更。
普段はいろいろねだってくるくせに、いざこちらから迫ると、戸惑うように恥じらう仕草が愛おしい。組み敷いた畳の上から、うっとりとこちらを見上げる視線を捕らえて、また唇に口付けた。
明日、雪が降ったら、ホタルの願いを叶えてやらないこともない。けれど、今は限られた恋人同士の時間を、過ごしてみようじゃないか。
冷えた空気に似合わない、熱い汗が首筋を伝う。夕陽が闇へと変わり、部屋に灯る明かりが消えてなくなった。その闇に紛れ、ホタルとの愛を育む。その間も、オレから離れないホタルへの愛しさが、頬に当たる雪のように、チクチクと胸を突いていった。