Tomorrow is another day.

 空に昇る朝日が、葉に残った露に反射して、きらきらと輝いている。イルミネーションのような人工的な光ではない。森のあちこちに光る露に目を細めながら、シャボンを膨らまして空に昇った。
 遠くなっていく景色に、ホタルはいつかのように歓声をあげる。もう何度もこうやって移動しているというのに、相変わらずこいつはガキのままだ。けれど、それが心地良い。シャボンに手をついて辺りを見渡すホタルの向こうに、日が燦々と降り注いでいた。いつの間にか昨日は終わり、また、今日が始まっていく。

「何度目だろうな。こうやって、朝を迎えるのは」

 日が昇りきらない青空に向けて、シャボンを一気に移動させる。オレの独り言に、ホタルは真剣に考えるように首を傾げた。

「師匠と旅を初めて随分経ちますけど……、シャボンの中で朝を迎えるのは、久しぶりかもしれません」

 そう言って微笑むホタルの頬に泥が付いているのを見つけて、笑いながら指で拭い取った。触れた親指から、柔らかい感触が伝わる。ふと、ホタルと出会った時のことを思い出した。
 ホタルと初めて朝を迎えたのは、あの時だったか。ロマンチックの欠片もない、盗賊から逃げる道中の出来事だったが、あれも大切な、オレとホタルの思い出だ。

「ホタル、旅は楽しいか?」
「もちろんですよ!使える術も増えましたし、何よりウタカタ師匠に修行をつけて頂けるのが、私の願いでしたから」
「願い、か」

 一日一日を大切に、楽しそうに生きているホタルの傍で、オレは満たされている。あれほどまでに自分を追い込んだ過去も、今ではなんてことのない思い出のひとつだ。守りたいものが出来るだけで、人はこんなにも変われるのか。

「そういえば、ウタカタ師匠の願いは何ですか?私ばかり叶えてもらっては不公平ですから、私にできることであれば、力になります」
「オレの願いか」

 シャボンから手を離し、オレの隣に座るホタルを見つめる。にこにこと、あどけなさの残る、愛想のいい顔。微かに触れ合った腕から、ホタルの体温が伝わってきた。
 朝日は着々と、シャボンに近づいてくる。それを見て、ホタルと過ごした日々が、実は一瞬で、儚いもののように思えてきた。

「願いなんてないな。オレは今が1番幸せだ。お前が笑って生きていてくれればいい。オレの生きる意味は、ホタルにあるんだからな」

 呟くように声を落とすと、ホタルは大きな目をぱちくりと動かしてこちらを覗き込んだ。真ん丸い黒目に、疑問符がいくつも浮かんでいるように見える。

「それって、どういう事ですか?」
「深い意味はない。これからも、毎日修行をつけてやるってことだ」
「では、今日も新しい術を教えてくださるのですね?」
「ああ」

 両手を合わせて、再び歓声を上げるホタルを優しく見つめる。「朝日は眩しいな」と上を見ると、ホタルも同じように視線を上げた。
 穏やかなこの日々が、ずっと続けばいい。昨日に戻れなくとも、明日に夢を見られるように。