スパークル・オクトーバー

「おはようございます、ウタカタ師匠!」

 やわらかい秋の日差しに目を覚ますと、身支度を調えたホタルがこちらを向いて微笑んでいた。ゆっくりと起き上がり、ホタルのいる方へ顔を向ける。忙しそうに動き回るホタルからは、ほんのりの朝食の香りがした。まだ眠気の残る瞼を擦り、はだけた寝間着を整えながら広間へと向かう。
 ほかほかに炊かれた白米が、朝日に照らされて眩しい光芒を放っている。ホタルが鍋から味噌汁を椀に注ぐと、食欲を掻き立てる匂いが鼻孔に広がった。ぼうっと突っ立っていると、ホタルが慌てたように鍋を片付け、かわりにオレの着物を取ってくる。

「はい、師匠。着替えはこちらに用意してあります」
「ああ、すまない」
「朝食はご覧のとおり、出来上がっていますから。あとは新聞ですね。遁兵衛に言って、すぐに持ってき——」
「待て、ホタル」

 忙しなく動くホタルの肩を掴んで、こちらに向き直らせる。まだ眠り足りないオレと違って、ホタルはしっかりと目が覚めているらしい。丸い目をぱちぱちと瞬かせて、不思議そうにオレを見上げている。

「どうしました?ウタカタ師匠」
「それはこっちの台詞だ。こんな朝早くから、そんな忙しなく働いて……。少しはゆっくりしたらどうだ。旅に出るのは、まだ先のことだろう」

 ホタルを正式に弟子と認めたのは、つい昨日のことだ。だが、まだ土蜘蛛の里は片付いていない。旅の支度も、ほとんど手つかずのままだ。
 そんな思いを込めてホタルを見つめると、ホタルは唇を結んで首を大きく横に振った。閉じられた口角は、オレと目を合わせ直すと、にっと上にあがっていく。

「そうはいきません。私は今日から、ウタカタ師匠の弟子になったのです。師匠のお世話をするのは、弟子の役目。今まで以上に師匠の役に立たないと!」

 意気込むように拳を掲げるホタルに、今度はこっちが目を丸くする。確かに師弟の契は交わしたが、ここまで献身的に世話をされるとは思っていなかった。男同士だったせいか、オレも師匠にここまで世話を焼いたことはない。
 食事の用意はともかく、着替えの準備に寝起きに降り注ぐ満面の笑み。そして大事そうにオレの着物を抱いているホタルを見て、違和感の正体に気がついた。ああ、と短く息を吐き、ホタルから着物を受け取る。

「やる気があるのはいいことだが、これは師弟というより、夫婦のようだな」

 それは、ホタルが女だから余計にそう感じるのか。そんなことを考えながら礼を言うと、ホタルは目を見開いたまま固まっていた。そして徐々に頬を赤らめていくと、慌てたように瞬きと口の開閉を繰り返す。

「ホタル?どうかしたか?」
「な、なんでもありません!失礼しますっ!!」

 頬を両手で押さえながら部屋を出て行くホタルを見て、思わず首を傾げる。
 弟子入りを認めても、相変わらず忙しいやつだと苦笑しながら、太陽の匂いのする着物に袖を通した。食事は出来上がっているが、ホタルの帰りを待とう。大きな欠伸をひとつして朝日を見上げると、優しい光が、食卓を包んでいった。


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