世界はたったひとかけら
太陽の力が弱くなると、途端に空は遠くなる。水色の絵の具に染まったような空は、白い雲に遮られることなく、どこまでも浩々と広がっている。窓を開けると、冷たい空気が部屋へと流れてきた。鼻孔の奥を冷やし、ツンと息を尖らせる。肌寒さに腕をさすりながら、見事なまでの青空を見上げた。見つめていたら、自分まで青に染まってしまうんじゃないかと錯覚するくらい、視界には青色しか映らない。たまに小さな鳥が視界を横切ると、惚けていた意識が現実に戻される。それくらい、いつまで眺めていても飽きなかった。
「何をしているんだ?」
後ろから声をかけられて、視線を空から逸らす。隣に立ったウタカタ様は、私が答える前に、空を見上げてああ、と呟いた。窓辺に並んだ肩に、ウタカタ様の着物が掠める。
「こりゃあ見事だな」
「でしょう?秋晴れって、今日みたいな日のことを言うんですよ」
さっきまでの私のように、ウタカタ様は青空に見とれている。そんなウタカタ様を見ながら、腕に触れていた着物を手に取った。どんなに手を伸ばしても捕まえられない秋の空を独り占めするように、青色の袖を口元へ持って行く。冷たい空気に混じって、微かにシャボンの香りがした。私の大好きな香りだ。
「今日の空は、ウタカタ様とおそろいですね」
袖を掴んで空の色と並べると、ウタカタ様は微笑んで頷いた。袖口の紐が秋風に揺れて、シャボンの香りを広げていく。
「秋晴れか、確かに肌寒くなったな」
「そろそろ衣替えをしないとですね」
「ああ。こうしてくっついているくらいが調度良い」
そう言ってウタカタ様に肩を抱かれると、視界がまた青色に染まった。けれど、秋の空よりも温かい。優しい香りもする。寒さをしのぐようにウタカタ様の腰に腕を回して、シャボンの香りに顔を埋めた。優しい空は、いつでも私の腕の中にある。