亡き王女フアナに捧ぐ

  私がその娘に会ったのは、10年も前のことでしょうか。ええ、あの時のことは、よく覚えていますよ。
 あれは確か……第四次忍界大戦が終わってから、半年ほど経った頃でしょうか。私は霧隠れから木ノ葉に向かう途中の、森の中にいました。お恥ずかしい話ですが、その頃の私は、金に困っていましてね。先の戦で、里での働き口なんて、ほとんどありませんでしたから。未だ戦争の爪痕の残る森の中を歩き、合戦で使われたクナイや手裏剣を拾って、金に換えていたんです。
 ――してはいけないことだというのは承知しておりました。けれど、そうでもしないと、あの時代を生きていくことはできなかったんですよ。
 ……話が逸れましたね。そんな具合で、私は森の中で、クナイや手裏剣を拾っておりました。中には血の付いた物もありましたが、そんなことは気にしていませんでした。戦争が終わってから暫くは、回収されていない死体を見つけることもありましたし、そのくらいでは驚かなくなっていたのです。
 森に入ってから、半時ほど経った頃でしょうか。森の奥の方から、女の歌声が聞こえてきたんです。ええ、未だ武器が落ちているほど荒れた森ですから、人が立ち入ることなど、ほとんどありませんでした。
 だから、不思議に思ったんです。こんな森の中で、女の声が、しかも歌声が聞こえた。声の主が気になって、私は歌の聞こえる方へと足を運びました。その時の歌は、今でも耳に残っています。楽しそうな歌声とは反対に、とても物悲しい旋律でした。芸術のことはよくわかりませんが、あの曲は別れを歌ったものだと、そう思いましたね。

 やっとのことで歌声に辿り着くと、そこには1人の娘がおりました。癖毛の長い黄朽葉色の髪に、長春色の着物を着ていましたね。年は……15、6といったところでしょうか。いずれにせよ、荒れた森には似合わない、綺麗な娘さんでしたよ。暫くは私に気づかず、1人で歌を歌っておられましたが、葉音で気がついたのでしょうな。私の姿を見つけると、歌うのをやめて、じっとこちらを見つめていました。
 あの瞳は——千歳緑でしょうか。初めてみる、綺麗な色をしていましたね。吸い込まれるように見つめられて、暫く言葉を失いました。途中ではっと気づいて、娘に声をかけました。どこから、来たのかと、ここで何をしているのかと。
 娘は、「師匠と旅をしているんです」と答えました。とてもよく通る、澄んだ声色でした。荒れた森には似合わない、子どものような声にも感じましたね。私を見つめる瞳も、疑うことをしらない、無垢な眼差しでした。

 しかし、娘が言ったことはおかしかった。娘は「師匠と旅をしている」と答えましたが、師匠らしき人はどこにも見当たりませんでした。辺りに人の気配はありませんでしたし、そもそもこのような場所を旅路に選ぶはずがありません。
 私が師匠はどこにいるのかと尋ねると、娘は「師匠はここにいる」と答えました。はて、何かがおかしい。もしかしたら、娘には私には見えていない何かが見えているのかと、少し身震いしましたね。

「ここにいるって、お嬢さん。ここには私と貴方しかいないじゃないか」
「何を言っているんですか?師匠はここにいますよ。私は、師匠と旅をしているんです。師匠はいつだって、私の傍にいるんですよ」

 楽しそうに語る娘に、私はいよいよ恐ろしくなってきてしまいました。何か見てはいけないものを見てしまった。不気味に思って、来た道を帰ろうとしたとき、娘の手に、シャボン器具が握られているのに気づきました。先の方にはヒビが入っていて、だいぶ傷んでいるように見えましたね。私の視線に気がつくと、娘は嬉しそうに笑いながら、「師匠の道具なんです」と言いました。
 その時、思いましたね。この娘は————あの抜け忍の、弟子なのだと。……ええ、私も昔、霧隠れの忍をやっていた時期がありまして。私は才能もなく、中忍になる前に、早々と怪我で辞めてしまいましたが、その時に、見かけたことがあるんです。
 名前は——ウタカタ、だったでしょうか。水系統の術を扱う忍びが多い霧隠れで、泡遁を使うのは、ハルサメとウタカタぐらいでしたからね。しかし、ハルサメはウタカタに殺された。だから、娘が持っているシャボン器具は、ウタカタの物だと察しました。


 ウタカタが暁に狩られたと聞いたとき……内心ほっとしましたよ。里は兵力だなんだとウタカタを呼び戻そうとしていましたが、なにせ人柱力だ。当時はまだ、尾獣に関する知識も何もありませんでしたからね。そんな人間が戻ってくれば、また霧隠れは、血霧の里と呼ばれたあの頃のようになってしまうのではないかと、そればかり心配していました。
 しかし……そうすると、この娘は誰と旅をしているのかと、その疑問がまた浮かんできました。言った通り、ウタカタは疾うの昔に死んでいるのです。なのに娘は、とても幸せそうな顔をしながら、シャボン器具を握りしめていました。一瞬ウタカタの幽霊がこの場にいるのかと思いましたが、私だってそこまで浅はかではありません。幽霊なんぞを信じる前に、もっと他の理由があると考えました。
 私は娘に話を聞きました。師匠はどんな人なのかと、今、どこにいるのかと。

「師匠はとても優しい人なんです。旅に出る前にも、私に手紙をくれました。師匠は自分の命が尽きるまで、私の傍にいてくれると、その手紙に書いてありました。そして、その命が尽きた後でも、私の傍にいてくれているんです。私はもう独りじゃない。師匠は今も、この瞬間も、私の傍にいてくれている。——それが私の希望なんです」

 娘は相変わらず幸せそうな顔で、そう、言いましたね。私はなんだか悲しくなりました。きっとこの娘は、ウタカタが死んだことを知っている。知った上で、こうして旅を続けているのだと、そう思いました。
 娘とウタカタが、どのように別れたかは知りません。でも、娘を見ていると——きっとウタカタは、これからも生き続ける気でいたのだと、そう感じました。……いえ、人間、それが当たり前なのですけれど、ウタカタの場合は、少し違いますからね。人柱力になり、師匠を殺め、抜け忍になってまで生き長らえたいのかと——他人事ながら、そんなことを考えたこともありました。
 娘とは、それっきりです。別れ際に、「気をつけて旅をするんだよ」と伝えた時の、笑顔で頷いた顔が、今も脳裏に焼き付いています。


 しかしまあ、火影様がわざわざ、他国の一般市民を訪ねて来るというから、何事かと思いましたが……、あの娘は、火影さんの妹さんか何かなんですかな?いえ、なんとなくですが、雰囲気が似ている気もして……。
 まあ、そんなことはありえませんよね。あの戦争から、世界を救った英雄と、抜け忍の弟子が知り合いだなんて……。
 ……だとすると、どうして火影様は私の話を聞きに来たのでしょう?ああいや、何も無理に聞きだそうとなんて思っちゃあいません。ただ、……私も気になっているんですよ。今、あの娘がどこにいるのか、幸せに暮らしているのか。
 先ほど、ウタカタが死んでくれてほっとしたと言いましたが、それは昔の感情です。今は、彼に謝りたくてしょうがありません。火影様の活躍を聞いて思いました。人柱力は、私たちのために、体を差し出してくれたのだと。それに気づかず、私たちは彼に酷いことをしてしまった……。どんなに詫びても、許されることではないことはわかっています。
 しかし、あの娘のことを思い出すと、どうもウタカタが悪人だったとは思えないんですよ。彼女はとてもウタカタを慕っているように思えた。それこそ幻影を追いかけてまで、ウタカタとの旅を続けているんです。
 ビンゴブックにも載ったほどの悪人が、それほどまでに想われていた……。ウタカタにはきっと、里の誰にも気づいてもらえなかった、優しい姿があったのでしょうな…………。

 ……火影様、彼女は今も、生きているのでしょうか。そして、今も、旅を続けているのでしょうか。あれから10年が経ちました。里の様子も変わり、私もひとりの男として、妻と子を養えるようになりました。あの戦乱の時代に……どれほどの人が犠牲になったのでしょうか。親を亡くし、子を亡くし、友を亡くし、恋人を亡くし、そして、師を亡くした。そういった人々が、今もたくさん、生きているんですよね。
 私は恵まれています。血霧の里と呼ばれた時代から、幾度となく戦争を経験しましたが、ついこの間、孫の顔を見ることもできました。そんな当たり前の幸せを、あの戦争は奪っていった。
 ――火影様、どうか、お願いがございます。もし、どこかであの娘の行方を知ったら……私に教えてはくれないでしょうか。部外者だということはわかっています。しかし、どうしても忘れることができないのです。10年が経った今でも、鮮明に、娘の顔が浮かんできます。命こそ奪われなかったものの、あの娘も、立派な戦争の犠牲者だ。戦争など、2度と起こしてはいけない。火影様に言うべきではありませんが、私は心から、そう思っております。

 ……いいえ、お礼を言うのは私のほうです。本当は、ずっと誰かに話したかったのかもしれません。あの娘と、ウタカタの物語を。火影様、まだお若い貴方なら、この先も平和な国を作っていってくださることでしょう。
 どうか、どうかお願いします。2度とあのような悲劇が起こらないように、あの娘が、幸せになれるように、火影として努めていってください。私はただそれだけを、祈っております。