憎い、憎い、嗚呼憎い。

 人を信じる気持ちなど、とうの昔に捨てた。誰かと寄り添い、生きていくなど、所詮幻想にすぎない。腹の底は、皆欲望の塊。世での出世や、金のことしか考えていない。
 師弟だって、何も変わらない。師匠を信じ、慕う弟子を、師なる人は利用するだけ。自分を信じ込ませ、都合の良い道具として扱う。そんな愚かな人間に、オレはなるつもりはない。

「ウタカタ様……」

 縛り上げられた腕を外そうと、必死にもがきながら、ホタルがオレを見上げる。期待を裏切られたような、呆けた瞳に、小さくオレが映っていた。その姿に、ホタルが描いていた優しいオレの面影はない。声を上げられるのに、助けを呼ぼうとしないのは、恐怖で身体が動かないのか、それとも、未だオレを信じているからなのか。

「オレを……他人を信じるから悪いんだよ」

 クナイを首元に突きつければ、小さく悲鳴が上がった。このまま一思いに打ち付けてしまえば、オレはこいつから解放される。
 なのに、なぜ。クナイはその場所から動いてくれない。震えるホタルを見つめたまま、動かすことができない。

「師匠だの、想いだの、虫酸が走る」

 そんなものはさっさと捨ててしまえばいい。そんな幻想に取り憑かれていたから、オレは、こんな身体になった。愚かなのはあの男でもこの娘でもない、自分自身。闇に葬られるのは、オレのほうだ。こんなオレなど、消えてしまえばいい。

「ウタカタ様、お願いです。私を、信じてください」

 ホタルの声に、クナイを持っていた手に力がこもる。こいつは、オレに似すぎている。口を開けば開くほど、墓穴を掘るだけ。こんなオレは消えてしまえばいい。だからこいつも、消えてしまえばいい。まっすぐな人間ほど、利用され、捨てられるだけ。傷つく前に、消してしまおう。

「私は、ウタカタ様を、信じています。私は知ってる。ウタカタ様が、優しい人だと。ウタカタ様は、」
「黙れ!!!」

 黙れ。黙れ黙れ黙れ。
 頬を涙で濡らしながら、何を言っているのか。これから殺されるというのに、誰を信じているというのか。
 縄が食い込んだ手首から、ホタルの血が滲んでいる。ほら、信じるだけ無駄なんだ。オレはお前を傷つけている。互いに想い合う師弟になど、なれるはずがない。

「オレはお前を殺す。もうまっぴらなんだよ、お前みたいなヤツは」
「あなたは、ウタカタ様は私を殺せない」
「何を言っているんだ。このクナイが偽物だとでも言うのか?」

 ツッ、とホタルの首にクナイの先端が突き刺さる。真っ赤な血が線を描いて流れてきた。このままいけば、あとは、死ぬだけ。

「ウタカタ様は、逃げているだけ。裏切られるのが怖いから、だから、こうして……」
「黙れと言っているだろう!!」

 クナイを投げ捨て、ホタルの首を掴む。こいつに何がわかるんだ。オレの、何が。
 苦しそうに呻くホタルの唇から、オレの名前が漏れる。どうしたら、こいつを失望させることができるんだ。どうしたらこいつは、オレから解放されるんだ。

「師弟なんて、形だけの物なんだよ。信じるだけ無駄なんだ。傷ついて、捨てられて、悲しむのはもうわかっているんだ。なあ、もうやめろよ。師匠なんて……オレなんて、信じるな…………」

 腕の力が抜け、ホタルの身体は床に崩れ落ちる。ごほごほと咳き込む姿を見下ろしながら、赤く染まった手のひらを握りしめた。オレには何もいらない。信じる心も、信じられる気持ちも、全てを奪う力も、この命さえも。だからどうか、オレの記憶を消してくれ。留まりたいと思ってしまう前に、乞うてしまう前に、オレの元から、離れてくれ。


(師匠も、ホタルも、何よりもこの自分が)


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