光ときみの隣

 外を濡らす雨の音に大きくため息をついて、私の朝は始まった。今日は師匠と、七夕祭りに行く予定だったのに、この様子じゃあきっと中止だ。
 昨日から楽しみにしていて、夜も眠れなかった。朝イチでお祭りのことを考えられたのも、そのおかげ。ぽきりと折れた期待は私の気力をなくすには十分だった。今日は修行も、身が入らならそう。

「ホタル、起きてるか?」

 襖を開けて呼び掛けた師匠に、布団から顔を出すだけで返事をする。あからさまに不機嫌な私に、師匠は苦笑して部屋に入ってきた。

「残念だったな」
「もう、雨なんて嫌いです」
「そういうな。梅雨時なんだから仕方ないだろう」

 枕元に腰をおろし、師匠は私の髪をそっと撫でる。情けないと思いつつも、今は師匠の優しさに甘えていたい。雨の音は相変わらずうるさくて、こんなんじゃ織姫と彦星も会えないんじゃないかと、不安になる。

「祭りは無理だが、どうする?今日はずっと寝ているか?」
「…………ささ」
「え?」
「お祭りは無理でも、笹くらい飾りたいです。せっかくの七夕なんだから」

 体を起こして乞えば、師匠は苦笑して私の頭を叩いたあと、部屋から出ていってしまった。……呆れられたかしら。でも、せっかくの七夕をこんな気分で過ごしたくなかった。せめて笹の葉を飾り付ければ、気持ちも晴れると思ったのだけど。

「ホタル」
「——!師匠、それ……」
「女将からもらってきた。早く着替えろ。飾り、作るんだろ?」

 師匠が抱えてきたのは、大きな笹と色とりどりの折り紙。笹の葉にはいくらか水滴がついていて、ついさっきまで外にあったことがわかる。

「師匠……」
「なんだ」
「ありがとう、ございます」
「礼はいいから、さっさと着替えろ」

 師匠に頭を下げてから寝間着を着替え、並べられていた折り紙を手に取る。昔おじいさまと作ったのを思いだしながら、たくさんの飾りを作っていった。

「上手いもんだな」
「昔おじいさまとよく作ったんです。砦に笹を飾って、短冊を吊るして」
「短冊か……」
「師匠は何を書くんですか?」

 長方形に切られた1枚を差し出せば、師匠は視線を斜めに逸らして考えるように口を閉じた。師匠の願い事って、一体なんなのだろう。そういえば、師匠がこういう、願望を口にすることって、今までなかった気がする。

「……考えたが」
「はい」
「これしかないな」

 そう言って師匠が書いた文字を見て、思わず眉をひそめる。せっかくの短冊なのに、これしかお願いをしないなんて、師匠には欲がないのかしら。

「これだけですか?」
「十分だろう」
「でも、せっかくの七夕ですよ?」
「オレが叶えたい願い事はこれだけだ。この先もこうしてホタルと旅を続けて、今度はちゃんと、2人で祭りに行ったりしてな」

 そう言って短冊を吊るす師匠を見上げて、ゆらゆら揺れる願い事に目をやる。どことなく満足気な師匠が嬉しくて、途中だった自分の短冊をくしゃくしゃに丸めた。

「私も師匠と一緒にします」
「え?」
「この先も師匠と一緒にいて、一人前の忍になって、土蜘蛛を復興させるんです!」
「オレと一緒にしては、ずいぶんと欲張りだな」
「ふふ」

 師匠の短冊の隣にそれを吊るし、並ぶ高い肩に頭を預けてみる。雨の外は、七夕の風情なんてまったく感じさせないけれど、私には師匠がいれば、それでいいのかもしれない。


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