そこへ行くことができたら

 風が届けるあなたの香りを、鼻先をあげてそっと吸い込んだ。
 見慣れた後ろ姿は、なんだか切ない。数歩足を前に出せば、触れられる距離。なのにどうして、今はこんなにも遠く感じる。

 声をかけてみようか。
 隣に並んでみようか。
 長い着物の袖を、きゅっと握ってみようか。

 どれもこれも、今までは簡単にできたことなのに。
 いつのまにか胸の奥を蝕んでいた恋心は、私の勇気の中にまで広がっていく。

 嫌われてしまったらどうしよう。迷惑がられてしまったら。
 そもそも修行の身だというのに、師匠によこしまな感情を抱いているなんてしられたら、破門になってしまうかもしれない。

 吐いたため息は小さく震えて、呼吸を余計に苦しくさせる。

 姿を見つめているだけでも、息がつまって悲しくなる。
 所詮叶わない恋心、なんて——ひとりお話の中のヒロインになりきってみたりして。

 ————ウタカタ様

 頭を埋め尽くす名前を、声に出さずに紡ぐ。
 好きです。好きです。大好きです。こんな安っぽい言葉じゃ伝わらないくらい、想っているんです。

 自分でもわかるほどの、熱を帯びた視線。このまま溶けて風になって、あなたの傍に寄り添えられたのなら。

「ホタル」

 呼ばれた名前に思考を止めて
 重なった瞳は戸惑ったように瞳孔を開く。

「——————」

 微笑みと共にこぼれた言葉に、私はまた、恋をするんだ。


Thanks for 確かに恋だった