キスのひとつもしなかったけれど

 あの日と同じ青空を見上げて、目を少し細めた。遠い太陽の光を、薄い雲が途切れ途切れに隠す。気持ちのいい天気。今日が晴れて、ほんとうに良かった。

「遁兵衛、ちょっと出かけてきます」

 微笑んで頷いた遁兵衛を確認して、目的の場所まで一気に走る。暖かい風が、頬を撫でて私の背中を押す。自然と笑顔がこぼれてきた。約束の岩に抱きついて、大きく深呼吸する。ウタカタ様。

「師匠、今日の空は師匠の色に似てますね」

 大きな空に話しかけて、周りに咲く花に触れた。ごめんね、師匠のために、許してね。生き生きと咲く花を摘んで、大きな黄色の花束を作る。
 青と黄色は、私には欠かせない大切な色。両手いっぱいに抱えて、地面に寝っころがった。涙が一筋、頬を伝う。
 大好きだった、私の師匠。亡骸も遺品も見つからない。シャボン玉のように、呆気なく消えてしまった。でも私は覚えてる。ウタカタ様のこと、ウタカタ様と過ごした時間。

「愛してるって言ったら、師匠は笑うんですかね」

 伝えたかったことが、まだまだたくさんあるんです。でも、後悔はしません。師匠の想いを受けとったから、私は前を向いて、今を生きている。

「大好きです。私の大切なお師匠様。どんなに離れたって、私はあなたを忘れない」

 目を閉じて、師匠に届くように口角を上げる。風が、涙のあとを乾かしてくれた。
 大きな私の想い、師匠は喜んでくれるかしら。あれから1年、あなたのいる空を、今日も私は見上げる。



(ちゃんと愛していたんだよ。大切で大切で、泣きたかったんだよ)


Thanks for 夜風にまたがるニルバーナ