コッド岬で会いましょう
春はいつも駆け足だ。雪が溶け、やっと桜が咲いたと思ったら、すぐに夏を連れてくる。雑草を揺らす湿った風は、春風とはとても言えなくて、何十分もかけてセットした髪型を、いとも簡単に崩れさせる。猫の毛のように丸まった毛先を左手だけで持ち上げて、それから青い空を見上げる。ギラギラと光る葉桜の先は、少しだけ枯れていた。近所の人が刈ったのだろうか。積み上げられた雑草の山から、噎せ返るような緑の匂いが漂ってきた。強い命の匂いだ。
こんな景色を感じられるのも、ここが都会から離れた郊外だからだろう。あの人の街では、きっとこんな匂いは嗅げないはずだ。
誰もいない公園の、ペンキの剥げたベンチに座って大きく伸びをする。脚の近くに、綿毛になったばかりのタンポポを見つけて、少し悲しくなった。あの人へ向けた想いは募るばかりなのに、あたしは未だ、一文字も気持ちを伝えていない。お別れの日に書いてもらった住所は、暗い引き出しの中だ。
「素直になれていたら、きっと、こんなふうには悩まないのよねー」
一差し指で綿毛を撫でると、種が数本、風に乗って宙に飛んでいった。あの人が暮らす街にも、タンポポは咲いているのだろうか。高いビルに囲まれた無機質なコンクリートの下に、愛くるしいあの花は似合わない。
「絶対、手紙を書くからね。だからしおりちゃんも、必ず返事をちょうだい。ぼく、ずっと待ってるから」
声をなくした、言葉だけになった約束は、未だ果たされないままだ。信じていないわけじゃない。けれど、待ち続けるには時間が経ち過ぎていた。ぐんぐんと進んでいくあの人の世界に、この町の流れは遅すぎる。
滲んでいく青空に、何度目かわからない別れの言葉を呟いた。一瞬でいいから、あたしのことを思い出してほしい。あたしが傑作くんのことを考えている百分の一でも、あの日の約束を思い出してくれたら、それだけで充分なのに。
摘まみ取った綿毛の動きに、幼い頃にかけたおまじないを思い出す。返事はなくてもいい。ただあの人に、あたしの気持ちを届けてくれたら。
小さなあたしの願い事は、あの街まで届くのだろうか。寂しげに垂れる茎を見下ろしながら、飛んでいく綿毛たちに、そっと瞼を閉じた。