そしてテルエルも星になった

 一歩足を踏み出す度に、あたしの歩いた跡が、道の上に残る。歩きづらいと思ったのは、始めの頃だけ。車の音も、人の声も聞こえないこの道には、あたしが雪を踏みしめる音しか聞こえない。寒さの中に、音が溶けていく。

「しおりちゃん、大丈夫?」
「大丈夫よ。だいぶ雪道にも慣れたわ」
「普段は雪かきがしてあるんだけど、この雪はさっき降ったばかりだから……。転ばないように気をつけてね」

 雪道に慣れていないあたしとは違って、この町で生まれた傑作くんは、靴が埋もれるほどの積雪にも構わず、すんなりと歩いていた。立ち止まってあたしを待っていてくれる足跡に、雪を振り払いながら追いつく。二人の足跡が、横に並んだ。

「でも、良かった。ロングブーツを履いてきて。ハイヒールだったら、今頃大変なことになっていたわ」
「これでも、積もってないほうなんだよ?ぼくが子どもの頃は、腰の辺りまで積もるのが当たり前だったし、雪だるまやかまくらだって、作り放題だったんだ」

 少年時代を思い出すように、傑作くんが夜空を見上げる。プラネタリウムの中に閉じ込められたかのように、満天の星空が、そこには広がっていた。オリオン座に、北斗七星。見たことのない小さな星も、この空には浮かんでいる。普段あたしの見ている空と、この夜空が同じだというのが信じられないくらい、無数の星たちが、静かな町を包んでいた。

「綺麗……見ているだけで、宇宙に行った気分になるわ」
「はんせい堂でも星は見られるけれど、ここの星空は格別だろ?しおりちゃんにも、見せたかったんだ」

 空を見上げたまま、傑作くんの手があたしの手の平を握る。手袋の中で冷えた指先が、やわらかい温もりに包まれた。
 外灯のない道を、月明かりだけで歩く夜。それでも怖いと思わないのは、隣に傑作くんがいるからだろう。立ち止まって空を見上げていると、体が雪の中に沈んでいく気がした。空と地面に吸い込まれて、あたしはどこに行ってしまうんだろう。

「傑作くん、ありがとう。あたしをこの町に連れてきてくれて」
「うん。でも、何もないところだから、退屈だったよね」
「そんなことないわ。ここには、あたしの見たことのなかった大切なものが、いっぱいあるもの」

 雪の積もった道を、星空が包む夜。
 いつも空にあるのに、見えなかった星屑。
 傑作くんが生まれ育った町には、見たことのない宝物が、たくさん転がっていた。目を閉じれば、少年時代の傑作くんが、あたしに手を振っている。楽しそうに笑顔を浮かべながら、星空を見上げて歌を歌っていた。ギターがなくても、その声は、空の彼方まで響いていく。

「傑作くん、あたし、この町が好きよ。傑作くんが生まれ育った、この町が」
「しおりちゃん」
「雪も、星も、ここに生きていることが、もっと好きになれそう。傑作くんと出会わなければ、きっと、気づかなかった」

 冷えた風が、細かい新雪を舞い散らせる。塵になった雪が顔に当たって、ピリリと頬を突き刺した。熱が奪われていく体を、傑作くんのコートに近づける。足跡が重なって、縺れるように雪道が茶色く剥げた。握った手の平が、もう一度強く絡まる。

「しおりちゃんに気に入ってもらえたのなら、ぼくも幸せだな」

 頬をコートにくっつけたまま、傑作くんと星空を見上げる。二人でなら、この世界に吸い込まれたって、何も怖くない。
 雪道に残った二人の足跡は、そのまま凍って、春までこの道に残るのだろう。あたしと傑作くんが生きた証が、永遠に消えなければいい。いつか二人が空の彼方に吸い込まれても、握ったこの手が、離れないように。