Gothic-day

「だから、僕は言ったんですよ!僕だけ幸せになって、ダツジを置いていくわけにはいかないって!なのにアイツったら、『俺は兄貴に幸せになってほしいんだ!』なんて言って、全然僕の言うことを聞かなくて。僕たちは、生まれたときからずっと一緒だったんです。それなのに、今さらダツジだけを放っておけるわけないじゃないですか!ここまで来たら、二人一緒に、夢を叶えるべきなんです。例えそれが茨の道だとしても、ダツジのためなら僕、頑張ってみせるのに!!」

 ここまで一気に捲し立てて、ゴージはバンッと机を叩いた。それまで一言も口を挟まず頷いていた傑作は、うんうんと縦に動く首とは反対に、目線を逸らして、気まずそうな表情をしている。そんな傑作の様子には気づかずに、ゴージは肩を怒らせながら鼻息を荒くしていた。
 時刻は午後一時。本来ならば、お昼休憩が終わり、また午後の営業を開始する時間だが、ここ、はんせい堂には今日もお客さんがいない。故に、この時間はいつも、昼ご飯を延長したお茶時間になるのだが、今日は店主のもくじも、ネット部を経営しているしおりもいなかった。そのため、アルバイトである傑作がひとりで店番をしていたのだが、そのせいで傑作は、こうしてゴージの愚痴にひとり付き合わされていた。もくじやしおりがいれば、何かしら理由を付けて話を終わらせられるのだが、ひとりで、しかも客のいないはんせい堂では、ゴージの話から逃げることは容易ではない。それに、傑作は近年稀に見るお人好しな青年なのだ。真剣切った表情で話すゴージを、迷惑に思っているとはいえ、適当にあしらうことはできなかった。

「あはは、君たちは本当に仲がいいね。ぼくもこんな兄弟が欲しかったなぁ」
「傑作さん、話を逸らさないでください!これは僕たち五四九兄弟にとって、人生最大とも言える問題なんですから!!」

 ゴージはまた声を荒げて、大げさに両手を広げた。その剣幕に、さすがの傑作も肩を竦める。どうせいつもの下らない喧嘩だと思っていたが、実際はゴージの言うとおり、五四九兄弟最大の争いなのかもしれない。お互いを想い合って喧嘩、というところがなんとも微笑ましいが、ゴージの様子を見る限り、にこにことその喧嘩を見守っているわけにはいかなそうだ。なんとか解決策を考えようと両手を組んでみるが、傑作はすぐに眉間の皺を解いた。この喧嘩は、確かに五四九兄弟最大の争いだ。しかし、傑作にはどうすることもできない。

「うーん。ぼくも力になりたいけれど、こればっかりはどうしようもないよ。二人同時に夢が叶えられたら、それはとても良いことだと思う。でも、最終的には、どちらかが譲るしかないんじゃないかな」
「傑作さんまでそんなこと!!」
「だって、こんなことを言ってたら、いつまで経っても今のままだよ。前に進むには、今まで一緒に育ってきても、別の道を選択することだって、必要なんじゃないかな」

 最もらしいことを言いながら、傑作は自分の言った五四九兄弟の姿を想像して、違和感に唇を曲げた。どこに行くのも一緒で、バイトでさえも同じものを希望していた二人だ。そんな仲の良い双子が、明日から違う道を歩んでいく様子なんて、想像がつかない。他人の傑作がそうなのだから、本人たちはもっと想像がつかないのだろう。傑作の考え通り、ゴージは項垂れるように首を曲げ、泣き出しそうなくらいに口角を下げていた。いつもノー天気な彼からは、なかなか見られない表情だ。

「僕、今までいろんなことを、ダツジと経験してきました。喧嘩もしたけれど、やっぱり、僕はダツジのことが大切なんです。僕だって、ダツジには幸せになってほしい。でも、アイツがそれを断るんです。『俺より兄貴の幸せのほうが大事だ』って。この場合、どの選択をするのが、ダツジのためになるんでしょう」

 涙ぐんでいくゴージに、いよいよ傑作は焦りだした。話半分に聞いていた話題は、本格的に双子の今後の仲を占う重要なものになっている。傑作は解いていた皺を結び直して、うんうんと唸るように首を曲げた。いつも一緒の双子が、一緒に夢を叶える方法。話の内容をイチから思い出して、傑作ははっと顔を上げる。そして、唇を尖らせながら、俯くゴージの顔を見た。難題だと思っていた問題は、恐ろしく下らない愚問だったのかもしれない。

「ねぇ、ゴージ君。ひとつ聞いてもいいかな」
「はい、なんでしょう?」
「君たちの喧嘩の原因は、もししおりちゃんにプロポーズした場合、どっちがしおりちゃんと結婚するか、だよね?そもそも二人はしおりちゃんにプロポーズをしていないし、しおりちゃんもそれを受けていないんだから、喧嘩するだけ、無駄なことじゃないかな?」

 傑作の言葉を受けて、ゴージはぽかんと口を開けた。そしてみるみるうちに笑顔になり、名案を聞いたかのように立ち上がって、傑作の両肩に手を置いた。

「さすが傑作さん!僕たちは喧嘩する必要なんてなかったんですね!」
「うん……。というか、どうしてぼくも今まで気がつかなかったんだろうってくらい、下らない問題だったんだけど」

 呆れたように首を捻る傑作とは反対に、ゴージはキラキラと目を輝かせながら上を見上げていた。怒ったり、落ち込んだり、表情がころころ変わる人だ。傑作にそう思われているとは知らず、ゴージは傑作の手を握って、ぶんぶんと縦に勢いよく振った。その目には、感動の二文字が浮かんでいる。

「そうと決まれば、ダツジに謝らなくちゃ!傑作さん、話を聞いてくれてありがとうございまーす!!」

 言い終わるが否や、ゴージは傑作の手を離し、駆け足ではんせい堂を出て行った。あとに残された傑作は、嵐が去ったことに安堵のため息をつき、机にもたれかかるように顔を伏せた。ゴージに掴まれていた手は、上を向いて宙を握ったままだ。
 しおりちゃんにプロポーズ、か。
 今はまだ笑い話だが、いつか双子が本気でそれをする日が来るのかもしれない。その時、双子はどういう決断をするのだろう。想像だけでこんなに喧嘩してしまえる二人だ。実際にプロポーズの時になったら、お互い譲り合って、しおりそっちのけで言い合いになってしまうかもしれない。
 その前に、しおりちゃんがプロポーズを受けるかどうかだよね。
 しおりが双子のプロポーズを受けることになったとき、傑作には何も文句を言う権限はない。自分はしおりの彼氏でもない、ただのしがないアルバイトだ。なのに、なぜだろう。花嫁姿のしおりを想像したときに、言葉にできないモヤモヤが心の空を覆うのだ。その隣にいるのが、タキシードを着たゴージやダツジなら尚更。

「ただいま~」

 悶々とした傑作の思考は、玄関から聞こえたしおりの声によって吹き飛ばされた。買い物袋を手にサロンへ入ってきたしおりは、傑作の顔を見てにこりと微笑む。それに釣られて、傑作もにこりと微笑みを返した。

「さっきそこでね、ゴージ君とダツジ君に会ったんだけど、二人ともなんか変だったのよ」
「変?どんなふうに?」
「うーん。なんかいつも以上に仲が良かったっていうか、肩を組みながらいきなり『俺たちは、二番目だってかまいませーん!』『しおりさんのためなら、二番目だって、いいじゃな~い』なんて言われたものだから、怖くなって逃げ出してきたのよ」

 その光景を思い出したのか、しおりは肩を抱いてぶるりと背中を震わせた。傑作はしおりの言葉に冷や汗を垂らし、唇を結んで窓の外を見た。相手の幸せのために、愛する人の二番目を選べるなんて、さすが五四九兄弟だ。仲直りできたことは喜ばしいが、そのズレているとも言える愛情に、傑作は肩を竦める。

「ぼくなら、二番目なんて、絶対に嫌だけどな」
「え?傑作くん、なんか言った?」
「なんでもないよ。それより、お茶でも入れようか。もうすぐもくじぃも帰ってくるよね」

 席を立った傑作の耳に、聞き慣れた双子の歌声が届いてきた。仲直りをして、再びはんせい堂に戻ってきたのだろう。陽気に歌う双子の声を聞きながら、傑作は密かに芽生えた双子に対する敵対心を笑顔に隠した。この傑作の敵意は、五四九兄弟にも、すぐ傍にいるしおりにも、気づかれることはないだろう。
 はんせい堂に入ってきた五四九兄弟にお茶を出しながら、傑作はさりげなく双子としおりの間に座る。お礼を言う双子に罪悪感を抱きつつ、傑作は心の中で舌を出した。
 ごめんね、ゴージ君。ダツジ君。
 良き相談相手が恋敵になる日は、いつ訪れるのだろう。そんなXDAYを想像しながら、傑作は熱いお茶の入った湯飲みに、黙って口を近づけた。