星屑のイタズラ

 夜空を見上げていると、自分がどこか遠くへ行ってしまう気がした。部屋の明かりも消して、月も今日は太陽と同じ方向を向いて、地球を照らしてはくれなかった。だから今日は、星がよく見える。うっすらと流れる天の川を視線で辿って息を吐くと、ふいに寒気が身体を襲った。長い間外に出ていて、身体が冷えたのだろうか。そろそろ家に入ろうかという考えと、まだ星空を見ていたいという思いがぶつかって、どっちつかずに頭を垂らす。

「しおりちゃん、こんな所にいたら、風邪引いちゃうよ」

 あたしの思考を読み取ったかのように、背後から声がして、背中が柔らかいものに包まれる。肩に置かれた手に振り返ると、微笑みを浮かべた傑作くんが、毛先の長いブランケットを、後ろからかけてくれていた。

「ありがとう、傑作くん」
「どういたしまして。しおりちゃん、部屋の明かりまで消して、何をしてたの?」
「星を見てたのよ。今日は新月だから、星がよく見えるの」

 言いながら、肩に手を置いたままの傑作くんに、そっともたれかかる。ブランケットよりも暖かい温もりが、あたしを包んだ。首の前で回された腕に手を添えて、傑作くんを見上げる。辺りが暗いせいで、こんなに近くにいるのに、傑作くんの顔は、真っ黒で何も見えなかった。それが少し悲しくて、甘えるように、身体を腕の中で捩る。

「傑作くん、もうパジャマを着ているのね」
「うん。だってもう十一時だよ?良い子は眠る時間だ」
「じゃあ、こんなに時間に起きているあたしたちは悪い子?」
「そうかもね」

 傑作くんがあたしを撫でるように頭に手の平を添えて、それから髪に口付けた。滑るように額にもキスされて、くすぐったさに笑いがこぼれる。暗闇の中、どこに傑作くんの唇が触れるかわからなくて、ドキドキしながら、黙ってキスを受け入れた。額から鼻梁をなぞって、鼻先に落ちるリップ音に、甘い気持ちが溢れてくる。

「傑作くんばっかりずるい。あたしにもキスさせて?」

 そう言って襟元を引っ張ると、膝を曲げたのか、傑作くんの顔が目の前に来る気配がした。暗闇に慣れた目に、傑作くんの綺麗な目が光った気がした。傑作くんは真っ直ぐにあたしを見ているはずなのに、星屑が散りばめられたかのように、瞳の奥が煌めいている。
 その光を頼りにして、傑作くんの額に、そっと口付けた。そのまま両手で頬を挟んで、鼻先をくっつける。暗闇の中で、傑作くんが微笑む音がした。唇が触れ合ったまま、傑作くんが姿勢を直す。抱きかかえられるように背中に添えられた手に、背伸びをして首に腕を回した。ブランケットが肩から落ちて、足下でぐしゃぐしゃに丸まる。

「ベランダでキスなんてして、誰かに見られたらどうしよう」
「大丈夫よ、今日は新月。イタズラは誰にも見つからないわ」
「そうだね。じゃあ、今日はもう少し夜更かししようか。ぼくもしおりちゃんも、立派なイタズラの共犯者なわけだし」

 額を合わせながら計画するイタズラに、二人の笑い声が混ざり合った。真夜中に起きている悪い子供は、誰にも内緒で、秘密のキスを重ねる。唇が離れている時の方が違和感が残るくらいに、薄い皮膚から伝わる傑作くんの体温が心地良かった。どこかへ消えてしまいそうだったあたしの身体を、傑作くんがしっかりと支える。触れ合うだけの優しいキスを重ねながら、傑作くんの目に浮かぶ星空を独り占めにした。足に絡まるブランケットを踏みつけると、突き出した唇が、傑作くんの口の端にふにゃりと当たった。