シアワセ

 寝顔って、普段より幼く見えるものなのね。
 サロンの机に突っ伏して、間抜けな寝顔を晒す傑作くんを見ながら独りごちた。絶賛営業中のはんせい堂だというのに、こうも堂々と寝られてしまうと、怒るほうも怒りにくくなってしまう。無理矢理起こそうかとも思ったけれど、幸せそうな寝顔を見て、それをやめた。あたしは傑作くんを雇っているわけではないし、古書部は今日も開店休業中だ。万が一お客さんが来たとしても、あたしが応対すればどうにかなるだろう。
 それにしても。真面目な傑作くんが、勤務中に居眠りなんてめずらしい。そういえば、近いうちにオーディションがあるから、曲作りで忙しいって言ってたっけ。いくら開店休業中のはんせい堂でも、ほとんど休みなく働いているんだから、曲を作るのは、自然と夜中になっちゃうんだろうな。
 眠りこけている傑作くんの顔を見つめながら、なんだか胸がキュンとした。普段は暢気に笑っているけれど、歌を歌っているときと、夢のことを語っている傑作くんは、別人みたいに格好良くなる。だからって訳じゃないけれど、あたしも密かに応援しているのだ。傑作くんの夢が叶いますように。昨日の夜だって、ロマンス元年のついでに、流れ星に願ってあげた。
どんな夢を見てるんだろう。
 睫が震えて、閉じた瞼が動いているのは、夢を見ている印だ。寝顔が幸せそうだから、きっと楽しい夢を見ているんだろう。音を立てないように傑作くんの隣に座って、頬杖をついてその顔を眺めた。口が少しだけ開いていて、見れば見るほど間抜けな顔。でも、どこか可愛らしい。三十過ぎの男の人に可愛いなんておかしな話だけれど、傑作くんなら許されてしまう。

「いつもお疲れ様、傑作くん」

 手の平を傑作くんの頭に乗せると、もさっというか、ふぁさっというか、形容しがたい独特の感触がした。傑作くんとは長い付き合いになるけれど、こうして頭を触るのは初めてのことだ。指に絡みつく髪の感触に笑いをこらえながら、ゆっくりとその手を動かした。撫でながら、傑作くんの表情を観察する。心なしか、さっきより口角が上がっているみたいだ。

「けっさく~、おーい、けっさく~」

 穏やかな眠りを邪魔するように、もくじぃの大きな声が聞こえた。顔を覗かせたもくじぃに人差し指で合図して、息を殺しながらその場を離れる。古書部とサロンの狭間でもくじぃと顔を見合わせて、二人でそっと微笑んだ。

「傑作のやつ、居眠りなんぞしおって」
「今日は許してあげて。あたしが代わりに手伝うから」
「ま~最近働きづめだったからなぁ。たまには連休でもあげて、羽を伸ばさせてやるか」
「傑作くんのことだから、お休みもらっても、はんせい堂にいそうだけどね」

 古書部に行く前に、お気に入りのブランケットを傑作くんに掛ける。寝返りを打つように首を動かす姿がおかしくて、一人で笑ってしまった。傍に誰もいないのを確認して、髪に隠れそうな耳にそっと唇を寄せる。

「夢の中に、あたしも出ていたらいいのにな」

 楽しそうな夢の中に、あたしも出てきて、そして笑っていればいい。
最後にイタズラをするようにほっぺたにキスをして、もくじぃのいる古書部に走った。寝ている傑作くんを見ていただけなのに、幸せな気分なのは何でだろう。普段は触らない古本を胸に抱いて、傑作くんのことを思い描く。
 傑作くんが起きたら、どんな夢を見ていたのか聞いてみよう。そして、曲作りが上手くいくように、今夜も星に祈るんだ。傑作くんの見る夢は、いつでも幸せなものであればいい。