ハロー、マイサンタ
※学パロ冷えた手に息を吹きかけて、施錠された門に身体をもたれさせる。手袋をしているのに、指先は悴んでしまって感覚がなくなっている。ぎゅっと握り拳を作って、腕組みの中に指先を隠した。辺りには、校門の前にある自販機の光と、時折通る車の音しかない。
「何をしているんだ、葛城」
右手から聞こえた声に、門から身体を離して顔を向ける。灰色のコートを着たウタカタ先生は、怪訝な顔をしながらこちらを見ていた。
「先生を待っていたんですよ。今日はクリスマスイブだから、一緒に帰りたくて」
言いながら、先生に近づいて顔を見上げた。普段のスーツ姿も格好いいけれど、こうしてマフラーを巻いている姿もなかなか決まっている。
見慣れない先生の姿が見られて頬を緩めると、先生は「はぁ?」と間抜けた声を出して腕時計に目をやった。
「待ってたって……、今何時だと思ってるんだ。今日は終業式だっただろ?」
「学校が閉まるまでは、図書室で時間を潰していました。冬休みの宿題、半分も終わったんですよ!」
先生に褒めてもらいたくて、得意げに顎を上げてみる。ついでに先生の時計を盗み見ると、針はとっくに7時を回っていた。図書室を出てから、もう2時間も経っていたのか。どうりで寒いはずだと手の平を見つめると、呆れたため息が頭上から振ってくる。
「馬鹿。こんな真冬に外に突っ立っているなんて、風邪でも引いたらどうするんだ」
「大丈夫ですよ。手袋にマフラーに耳当て、防寒対策は完璧です!」
首に巻いていたマフラーを引っ張りながら話すと、先生はまた大きなため息をついた。そして何やらぶつぶつと文句を言いながら、私を置いて校門から離れようとする。
「待ってください!せっかく一緒に帰れるんだから、イルミネーションでも見にいきましょうよ!」
「教師が生徒の夜遊びを助長できるか。早く家に帰れ」
「ウタカタせんせいっ!!」
早足になる先生を追いかけて、進路を塞ぐように目の前に立った。ずっと同じ場所に立っていたからか、身体は凍っていたかのようにぎこちなく動く。容赦なく吹きつける北風に身震いをすると、先生は小さく頭を振って、自販機の方へと歩いていった。
「先生?」
「オレを待っていたせいで生徒が体調を崩したなんて聞いたら、学校で問題になるだろう。それだけはごめんだからな」
先生は自販機にお金を入れて、取り出し口から小さなペットボトルを取り出した。意味が解らず動作を見つめていると、ペットボトルを握った先生が、それを私の頬へと押し当ててきた。
「あっつ!!」
「何が防寒対策だ。いくら馬鹿は風邪を引かないと言っても、限度って物があるぞ」
「ひどいです、先生」
頬から離れたペットボトルは、そのまま手の中に押しつけられる。小さな声でお礼を言って、温かい液体を、身体の中に流し込んだ。
「おいしい。先生、私がミルクティー好きだって、覚えていてくれたんですね」
「たまたまだ。それを飲んだら、大人しく家に帰るんだぞ」
歩き出した先生の隣に立って、ゆっくりと足を進める。途中で肩が触れ合うくらいまで近づいてみたけれど、先生は何も言わなかった。一口ミルクティーを飲み込んで、先生の顔を盗み見る。長い前髪のせいで、表情はよくわからない。なんとなく寂しくなって、勇気を出して袖を掴んでみた。それに気がついたのか、進んでいた足が、ぴたりと止まる。
「あ……ごめんなさい」
「まだ飲み終わってないのか」
先生は一言呟いて、私の手からペットボトルを取り上げた。そうして飲み口に唇を近づけると、喉を動かしながらミルクティーを飲み込んだ。
「せんせっ……」
「甘いし、ぬるい。さすが12月だな。あれだけ温かかったのに、もうこんなに冷めている」
先生は少しだけ笑って、固まる私にペットボトルを差しだした。先生の顔とそれを交互に見ながら受け取ると、何事もなかったかのように先生はまた歩き出す。
「あの……これって、間接キス、ですよね?」
「…………」
「ウタカタ先生?」
黙ったままの先生に戸惑いながら、おそるおそる飲み口に唇を近づける。
ペットボトルに唇が触れただけなのに、ミルクティーを飲み干したあとのように、身体が甘くとろけた。顔に集まる熱に、ペットボトルを抱きしめながら俯く。心臓が耳の横に移動したのかと思うくらい、鼓動が大きく聞こえた。
「葛城」
「は、はいっ」
「メリー、クリスマス」
無口な先生からは想像できないくらい、優しく穏やかな笑みに、とうとう私は逆上せてしまったらしい。リップクリームを馴染ませるように唇を結んで、それからだらしなくにやけた。この顔が見られただけで、私には最高のクリスマスだ。
右手でペットボトルを握りながら、左手で先生の袖を掴む。遠くの方から、クリスマスソングが聞こえてきた。その音に耳を澄ませながら、触れる右肩に、そっと頭を預けた。