星空の下で甘ったるい言葉を囁いて

 空から粉雪が散り始めて、冬の空気が白く色づく。軽快に足音を鳴らしながら、ステップを踏むように前に進んだ。思わず鼻唄を口ずさんでしまうほど、今日は気分がいい。特別なことなんて、なかったはずなのに。

「ウタカタ師匠、知ってますか?今日はクリスマスなんですよ」

 ターンを決めるように振り向いて、可愛らしく小首を傾げてみた。後ろに組んだ手の平に、冷たい雪が当たる。数歩後ろを歩いていた師匠の足も止まって、ゆっくりと私の顔を見据えてきた。細い瞳が、丸く円を描く。

「知っているさ。ここに来るまでの間、散々サンタの格好をした奴らを見てきただろう」
「知っているなら、いいんですか?クリスマスを大切な人と過ごさなくて」

 修行の旅に、色恋事は似合わない。師匠ならそんなことを言いそうだなと思いながら、自分の足跡をたどって師匠に近づいた。見上げた表情が大きく変わることはない。

「クリスマスは、恋人や家族と過ごすものですよ?」
「それなら、お前にだって言えることだろう」
「私は、もう大切な人と過ごしているので大丈夫です」

 茶目っ気たっぷりに微笑んで、言葉をごまかすように空を見上げた。雪が降っているのに、夜の空には星が浮かんでいる。この雪は、どこからか風が運んできたんだろうな。
 冷たい空気を肺に吸い込むと、心の奥まで澄んでいく気がした。サンタに溢れた道とは違って、この小道にはクリスマスの景色はない。けれど、確かに辺りには洗礼された空気が漂っていて、今日という日が、神聖な1日だと実感させるのだ。

「お前に心配されなくても」

 ウタカタ師匠が、1歩足を進める。

「オレだって、クリスマスを大切な人と過ごしている最中なんだよ」

 澄んだ空気を切りながら、師匠の背中が遠のいていく。
 その背中を見つめて、やっぱり私は、この人のことが好きだなって思った。多くを語らなくても、たった一言で、私の心を満たしてしまう。
 嬉しい気持ちがいっぱいになって、走って師匠を追いかけた。追いつきながら師匠の腕に抱きついて、どさくさに紛れて頬擦りをする。

「ウタカタ師匠、好きです。大好き!!」
「おい、そんなに引っ付くな。歩きづらい」
「えへへ、しーしょうっ。——ふふっ」

 にやけた顔も隠せずに、ウタカタ師匠の匂いを肺いっぱいに吸い込む。神聖な空気と混じって、私を幸せで包み込んだ。

「私、師匠のことが大好きです!」
「わーかったから、そろそろ離れろ」
「イヤですー。今日はこのまま、宿まで帰りますよ!」
「おいおい、勘弁してくれよ……」

 困った顔をしながらも、師匠が私を拒むことはない。粉雪を全身に浴びながら、許される限り甘い愛の言葉を音にした。伝える度に、頬が赤らんでいく。でも、恥ずかしくはない。幸せなのだ。例え私たちの関係が恋人でなくたって、この想いは誰にも負けることはない。
 甘い旅路が終わらないように、師匠に身を任せて瞼を閉じた。宿の灯が見えるまでは、このままの距離で、歩いていきたい。





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