まるでシャンパンの泡のような

 障子の隙間から見える空は、ほんのり灰色がかっている。もしかすると、もうすぐ雪が降るのかもしれない。
 そんなことを考えながら、笊の中に入ったミカンをひとつ手に取った。炬燵にはミカンが似合う。それはクリスマスの日だって例外ではない。例え近くにクリスマスツリーが飾られていようとも、この美味しさには勝てないのだ。

「これ、やる」

 ミカンを頬張っていると、障子が開いてウタカタ師匠が帰ってきた。ただいまも言わず、おかえりなさいを言う隙も与えないまま、小包を炬燵の上に放り投げて、そそくさと炬燵に潜り込む。鼻の先が赤いのを見ると、外はよっぽど冷えているらしい。
 用事を済ませた師匠の身体は、そのまま炬燵にぱっくりと食べられてしまった。かろうじて見える頭が、ぶるぶると震えている。

「なんですか?これ」
「知るか。帰りに忍具を買いに行ったら、店の主人がおまけでくれたんだ。大方、店の在庫処分ってところだろう」

 布団の中でくぐもった師匠の返事を聞いて、小包の紐を解いた。中から出てきたのは、プラスチックで出来たシャボン器具と、桃色の容器に入ったシャボン液だった。

「師匠。この中身、シャボン玉でした」
「そうか」

 私の話なんて興味がないように、師匠は炬燵の中で丸まっている。仕方なしに、容器の蓋を開けて、シャボン器具の先を液に浸けてみた。
 クリスマスに炬燵でシャボン玉なんて、間抜けすぎてて逆に情緒がある。そんな勘違いをしながら、ふうっと器具に息を吹き込んだ。ぷかぷかと生まれたシャボン玉は、チャクラを入れていないせいで、すぐに弾けて消えてしまった。

「寒いですねぇ、ウタカタ師匠」
「ああ」
「でも、せっかくのクリスマスですから、ミカンじゃなくてご馳走が食べたいですねぇ」

 独りごちるように呟いて、もう1度シャボン玉を吹く。細かいシャボン玉は、シャンパンの泡に似ている。でも、師匠には、シャンパンよりも日本酒の方が似合うな。
 日本酒を飲む師匠を想像したら、何だか師匠が恋しくなった。シャボン器具を閉まって、ミカンを片手に炬燵から抜け出した。そのまま反対側に周り、師匠を隠している布団を捲り上げる。肌が露出したことに恨めしそうな表情をする師匠の唇に、ミカンを押し当てた。

「あいにくご馳走はないので、ミカンをどうぞ」
「…………」

 無言で唇を開いた師匠の口内にミカンを放り込んで、師匠と同じ場所に足を突っ込んだ。狭い炬燵の入り口に、ふたつの身体がぎゅっと挟まる。

「おい、狭いぞ」
「寒いときはくっついているに限ります。それと、はい、ミカン」
「寝転んで物を食べるなんて行儀が悪い」
「今日くらい許してくださいよ、クリスマスなんですから」

 関係ないだろ、と文句を言う師匠の口に、無理矢理ミカンを詰め込んだ。不意を突かれて慌てる師匠の顔が愛おしい。師匠の方に身体を向けて、思い切り背筋を伸ばした。狭くて苦しいけれど、居心地はいい。

「身体が温まったら、何か美味しいもんでも食いに行くか」
「良いですね。でも、こんなに快適な炬燵から出られるでしょうか?」
「出られなかったら、ミカンがケーキの代わりだな」

 笑ったウタカタ師匠の腕を掴んで、腕枕をしてもらうように頭の下に敷いた。視線で返事を乞うと、仕方がないな、というように口角を上げて、自分から私の頭を腕に置いてくれる。ほんのり甘酸っぱいミカンの香りと一緒に、シャボンの香りが鼻孔に広がった。
 このまま炬燵から出られなくても、ミカンがケーキの代わりでも、私はきっと、幸せなクリスマスを過ごせるだろう。ミカンを口いっぱいに頬張って、バレないように師匠の着物に口付けた。師匠の温もりに包まれながら、私のクリスマスが、始まる。





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