今宵こそ永遠なれ
だからこれは、ただの気まぐれで偶然なんだ。世間はクリスマスだなんだって、まだ11月のうちから騒いでいて、夜になればあちこちで木が光ってやがる。こんなにアピールされたら、クリスマスに気づかなかった、なんていうほうが不自然だろう。だからホタルに聞いたんだ。「お前、クリスマスに何かしたいことはあるか?」って。仕方がないだろう。オレは今まで、クリスマスなんて浮かれた行事とは無縁だったし、別に恋人がいなかったわけじゃないが、女が喜びそうなことなんてわからないんだよ。今まで女に貢ぎたいと思ったこともなかったしな。
そんなことはどうでもいい。オレは世間一般の恋人みたいにホタルが楽しめるように、わざわざ聞いてやったんだ。恥を忍んでな。なのにあいつ、なんて言ったと思う?「ウタカタ様と一緒に過ごせれば、何でもいいです」だとよ。ったく、どうやって育てられればそんな歯の浮くような台詞が言えるんだろうな。文句を言ってやろうかと思ったが、ホタルのやつ、オレがクリスマスを忘れていないことに嬉しそうにしているもんだから、何も言えなくなっちまったんだよ。遠慮して言ってるんじゃなくて、本心でああいうことを言っちまうのが、ホタルの凄いところだ。
まあそんなことだから、オレはこうしてホタルと街に出掛けたんだ。いくらオレと一緒に過ごせればいいと言ったところで、家のこたつで1日を過ごしていたんじゃつまらないだろう。外に出れば何かしらクリスマスを祝えると、人混みの中わざわざ出掛けてやったんだ。
案の定街は色めき立っていて、どこもかしこも恋人や家族連れだらけだ。それでもホタルは喜んでいて、一丁前に手まで繋ぎやがってきた。でもま、振り払う理由もないからな。そのまま手を繋いで、よくある恋人のように、イルミネーションを見て、外食をして、ほんとありきたりなクリスマスだ。
今夜だけで、一体何組のカップルが同じ夜を過ごしたんだろう。オレはこんなことをするために、ホタルと一緒にいるわけじゃない。クリスマスくらい、ホタルを普通の女のように楽しませてやりたいだけだ。それなのに、オレの空っぽの頭ん中にはありきたりなシチュエーションしか浮かんでこない。答えを求めてホタルに問いかけても、「私はとっても楽しいですよ」なんて、のほほんと微笑んでるのだから埒があかない。
これでは意味がない。悶々と考えを巡らせながら歩いていたら、またこのツリーの前に来てしまった。辺りには似たような格好の恋人たち。もう駄目だ。オレは所詮、誰かの真似事でしか、ホタルを喜ばせられない。
そんな気分でいたから、ほとんど投げやりだったんだよ。クリスマスにツリーの下でプレゼントを渡す。なんて、いつの時代の少女漫画だよ。ホタルを喜ばせたかったのは本当だが、こんなことじゃあ駄目だと思ってたんだ。
なのにこいつ、箱を見た途端に歓声を上げて、中身を見て泣きやがったんだ。嫌がったんじゃない。驚いたように目を見開いて、口元を少しだけにやけさせて。
オレはホタルを喜ばせようとプレゼントを渡したが、それは今日くらいは修行を忘れて、年頃の女として扱ってやりたかっただけだ。だからプレゼントのチョイスに意味なんてない。それを選んだのは、ただの気まぐれで偶然なんだ。オレの頭じゃ、それ以外の物が浮かばなかっただけなんだ。
だからいい加減、幸せそうにそれを眺めるのをやめろよ。それに、どうして迷わずに薬指に嵌めるんだ。せめて右手にしろよ。まるでオレが、プレゼントを渡すのを楽しみにしていたみたいじゃないか。
ああでも、実際にそれを付けている姿を見ると、わざわざ買った甲斐があったな、なんて思ってしまう。
ローズクォーツなんて洒落た名前の石は、ホタルの白い指によく似合っている。けれど、そんなことを口に出来るほど、オレは素直な育ち方をしていないから、黙ってオレに抱きついてきたホタルを抱きしめ返した。こんなことも含めて、周りの恋人たちとなんら変わりがない。
でも、それでもいいと思ってしまう。ホタルは相変わらずにやけていて、口元からは幸せがこぼれているようだ。そんなホタルを見ていたから、思わずこっちもクリスマスに染まってしまった。あんな愛の言葉、普段ならどんなにせがまれても言わないのに、口が滑ったんだ。そうしたらホタルも同じ言葉を返してきたもんだから、こっちまでにやけてしまった。らしくもない。
つまり何が言いたいかというと、全部クリスマスが悪いってことだ。だから今日くらい、甘くなってみてもいいだろう?