チョコの代わりにハートをあげる
旅の途中の出店で買った小袋から、アーモンドをひとつ取り出す。チョコレートとカラメルに包まれたそれを口に放り込めば、カリッと気持ちの良い音がした。アーモンドとカラメルの味が混ざり、調度良い甘さを届けてくれる。隣に座るホタルも、同様に口の中でアーモンドを転がし、その美味しさに頬を綻ばせていた。「美味しいですね、このチョコレート」
「ああ。運が良かったな。旅の途中で、あんな出店に出会すとは」
「バレンタインだからですよ。私も修行の身でなかったら、師匠にチョコレートを用意したんですけれど」
言いながら、ホタルがまたアーモンドを口に放り込んだ。道行く男女は色めき立ち、辺りはほんのり甘い香りが漂う。西洋から流れてきた行事は、いつしかこんなにも人々の間で欠かせないイベントになっていた。
しかし、オレたちには関係のないこと。オレたちは修行の身で、尚且つ……恋人同士ではないのだから。
「修行の身でなくとも、チョコレートは意中の男にあげる物だろう」
「あら、最近じゃあそうでもないんですよ?日頃お世話になっている人に、感謝の気持ちを込めて贈ることもあるんですから」
「感謝、ねえ……」
それだったら、オレたちにも多少は関係があるのか。そんなことを考えながら、アーモンドをかみ砕く。なんとなく、胸の奥がもやもやするのは何故だろうか。
「それに、意中の人にあげる物だとしても、ウタカタ師匠に贈るので、間違ってなんかいませんし」
ガリッ。ホタルの言葉に、アーモンドと一緒に舌を勢いよく噛んでしまった。激痛に声をあげながら、ホタルをまじまじと見つめる。当のホタルは、自分の発言なんて忘れてしまったかのように、黙々とアーモンドを口にしていた。
「どうしたんですか?ウタカタ師匠」
「い、いや……お前、さっき、なんて……」
「——??」
愛らしく首を傾げる動作は、意図的なものなのか。弟子の真意がわからないまま、袋の中のアーモンドは終わってしまう。胸のつかえは未だとれず、むしろさっきより酷くなっている気がする。煮え切らないオレとは反対に、ホタルは鼻唄を歌いながら、晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
「ホタル」
「なんですか?」
「……なんでもない」
ホタルの後を追いながら、中身のなくなった小袋をくしゃりと潰す。
来年の今頃、旅は終わっていれば、オレたちの関係も変わっているのだろうか。……阿呆らしい。師匠がこんな考えでは、終わる旅もいつまでたっても終わらない。くだらない邪念は捨てて、修行に勤しむことにしよう。