惚れ薬の調薬は終わりです

 やわらかな生地をフォークで割ると、どろりと熱いチョコレートが流れてきた。口に運べば、ほろ苦い味を届けてくれる。添えてあった苺のように、この身もチョコに溺れてしまいそう。

「何を考えているんだ?」

 ケーキを食べ終えたウタカタ様が、口元を拭きながらこちらを見た。その視線に短く返事をして、チョコレートに塗れた苺を頬張る。甘酸っぱさと、大人の味。私にはまだ早いとでも言うように、フォークから垂れたチョコが、ぽたりと服を汚した。

「機嫌が悪いな。口に合わなかったか?」
「そんなことありません。とても美味しいです」
「なら、どうしてそんなにふて腐れてる」

 頬杖をついたウタカタ様が、右手を伸ばして私の眉間に触れる。知らぬ間に、かなり不機嫌な顔をしていたみたい。
 そんな自分を反省しながら、目の前のフォンダン・ショコラを見た。しっかりとした生地からは想像できない、とろけたチョコレート。見た目も味も完璧なそれを食べさせられて、私はどんな顔をしたらいいんだろう。

「師匠は、私がいなくても平気ですね」
「は?」
「だって、こんな立派なお菓子、私には作れません。このような物が作れるのなら、……私が作った物なんて、いらないに決まっています」

 膝の脇に隠した小さな箱。フォンダン・ショコラをねだったのは自分だけれど、私にだってプライドはある。バレンタインに、これからチョコレートを上げようとしている男の人に、自分の物よりも何倍も手の込んだ物を作られたら……ふて腐れるしかないじゃない。

「お前が食べたいって言ったんだろう」
「言いましたけれど、何もバレンタインに作らなくてもいいじゃないですか!!」
「ちょうどいいと思ったんだよ。……それに、誰もお前のチョコをいらないなんて言ってないだろ」

 立ち上がったウタカタ様が、隠していたはずの箱を奪い取った。いつの間に気づいていたんだろう。そんな疑問を口にする前に、歪な形のチョコレートが、ウタカタ様の口に運ばれる。

「美味いじゃないか」
「……慰めはいりません」
「慰めなんかじゃない。ホタルも食べてみろ」

 チョコレートを咥えたウタカタ様が、私の顎を掴んでぐっと引き寄せる。舌先に感じた味は、吐き気がするくらいに甘く、子どもな私を嘲笑っているかのようだった。

「……甘すぎます。ウタカタ様のお口には合わない」
「チョコは甘いものだろう。お前らしい味だ」
「ばかにしているんですか」
「褒めてるんだよ」

 チョコレートを口に含み、またウタカタ様と唇が重なる。今度はチョコレートだけじゃない。ウタカタ様と自分の唾液も混じって、甘いチョコレートが媚薬のような艶めかしさを纏っていく。息苦しくなって、ウタカタ様の着物を軽く引っ張った。それでもキスは止まらない。口の端から、ゆっくりと唾液が伝っていく。フォンダン・ショコラよりも、どろりと、官能的に。

「ウタカタ……さまっ」
「な、美味いだろ?」
「味なんて、わかりませんよっ!」
「そうか?それは残念だな」

 濡れた唇を拭われ、至近距離でウタカタ様は微笑む。その表情かおはとても愉しそうで、口の中の甘さが、ウタカタ様の中にもあるのだと思うと、急に恥ずかしさが込み上げてきた。

「どうした?ホタル」
「なんでもありません!」
「頬が赤い。そんなに良かったのか?」
「な……なにが……」

 甘すぎるチョコレートが、今度は私の唇に押しつけられる。その向こうで、未だ妖艶に濡れるウタカタ様の唇が、ゆっくりと弧を描いた。





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