本命チョコは予約済み

 テーブルに並んだ色とりどりの箱を見て、ホタルが盛大なため息をつく。唇を尖らせたまま、片手で箱を持ち、それを睨みつけると、また違う箱を手にとる。そんな動作を、もう30分も繰り返している。繰り返すごとに眉間の皺は深くなり、たまに悲しそうな顔をするのだから放っておけない。何度か名前を呼んでみるが、チラリとこちらを見るだけで返事はなかった。険悪な空気に、どうしたらいいかと唇を噛む。

「ホタル、もう機嫌を直せ」
「…………」
「もう30分もこんな調子じゃないか」
「……だって、こんなにたくさんのチョコレート……」

 ホタルがまた箱の1つを掴み、恨めしそうな目でそれを見つめる。眉間の皺はますます深くなり、部屋の空気は不穏になる。
 旅の途中に寄った霧隠れの里。久しぶりの帰省に不安はあったが、里の反応はオレが思っていたものとは違った。
 近年の戦争の影響で、人柱力に対する印象は、だいぶ変わったらしい。ツルギの言っていたことは本当だったのかと、驚くのもつかの間。これまでオレを白い目で見ていたやつらは、おおっぴらに態度を変え、女どもはバレンタインだからとチョコレートまで渡してきた。それが今、ホタルから睨まれ、部屋の空気を悪くしている箱たちの正体だ。

「ただの義理チョコだろう。気にすることはない」
「でも、こんなに師匠が、女性の方に好意をもたれているなんて知りませんでした」

 ホタルがやっとこちらを向き、落ち込んだ顔でこちらを見つめる。好意を持たれているだなんてありえない。そんな簡単に割り切れるほど、出来た人間ではないし、仮にこの箱の中身が本命だとしても、オレには関係のないことだ。

「そんな顔をするな。本当はこんなものいらなかったんだ。それをあいつら、強引に……」

 舌打ちをしながら箱の1つをとる。人を怨む気持ちは、とうの昔に捨てたつもりだったが、こうもあからさまに態度を変えられると、あの時の苦い気持ちが蘇ってくる。
 それを消すために、ホタルの手をとり、無理矢理抱き寄せた。周りに流されず、変わらずオレ自身を見てくれたのは、ホタルだけだ。オレはその直向きさに惹かれ、こうして旅を続けている。他の女のチョコレートなんて、興味はない。

「ウタカタ師匠?」
「ホタル以外からのチョコなんていらないんだよ。いい加減機嫌を直してくれ」
「すみません……。ただ、やっぱりちょっと悔しくて。師匠はとても素敵な方ですけど、師匠を1番想っているのは、この私なんですから」
「……そうだな」

 真剣な顔で言われ、思わず笑みがこぼれる。そっと頭を撫でれば、ホタルは満面の笑みを返してくれた。

「私もちゃんと準備してあるんですよ。バレンタインのプレゼント」
「ありがとう。何を用意してくれたんだ?」
「シュークリームです。今持ってきますから、一緒に食べましょう?」

 白い皿に乗った小さなシュークリームたちを、ホタルが運ぶ。チョコレートソースをかけ、口元へ運べば、なんとも言えない甘い味が口の中に広がった。ホタルを見れば、オレの反応を待つように、じっとこちらを見つめている。

「美味いよ。だいぶ料理の腕が上がったな」
「ほんとうですか?練習した甲斐がありました!——あ、師匠」
「ん?」
「ふふ、生クリームがついてますよ」

 クリームを拭い笑うホタルをもう1度抱き寄せ、唇を寄せる。どんなに立派なチョコよりも、オレにはホタルがいれば、それでいい。





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