選んだ現実

 暗い闇の中で、黙ったまま何度も瞬きを繰り返す。瞼を開けても、閉じても、見える色は変わらない。狭い棺桶の中で、何をするわけでもなく、じっと息を潜めるように佇む。疲れを知らない身体は、眠りも必要としない。永遠にさえ感じる夜の時は、オレに余計なことを考えさせる。どう足掻いたって、この現状が変わることはない。考えるだけ無駄だ。歯を食いしばれば食いしばるほど、辛さは増していく。ホタルのことも、どうにもならない。

「ホタル」

 声に出して名前を呼んでみると、柄にもなく涙腺が震える。けれど、そこから涙がこぼれ落ちることはなく、ただ言いようのない痛みが胸を覆うだけだった。
 唇を噛みしめて、右手を見つめる。闇の中にうっすらと浮かぶ輪郭に、数刻前のことを思い出した。棺桶の中で意識を取り戻したときに、右手に握っていたクナイ。きっと、操られていたときに使ったのだろう。それがどのような意図で使われたかはわからないが、なんだか胸騒ぎがする。
 意識が途切れる直前、感じたホタルの気配。まさかと眉を顰めるが、頭を振って浮かんだ考えを否定する。ホタルがここにいるはずがない。あれからどのくらいの時が経ったのか定かではないが、オレはホタルとの約束を破ったんだ。待ちぼうけを食らわせて、健気に待っていてくれるのを信じられるほど、オレはホタルに何もしてやれなかった。最後まで、傷つけてばかり。俯きながら口角を緩め、流れない涙を落とすように瞼を閉じた。記憶は残っているのに、感情を伝える術はない。痛みも涙も、死さえも奪われたこの身体に、一体何ができるというのだろう。やっと見つけた希望も、オレは手にすることができなかった。


*****


 暗い木々の間を抜けながら、ひたすらに黒い衣を追いかける。周りの忍たちも、口を開くことなく、黙々と走り続けていた。今さら語ることもないのだろう。余計な感情を生み出すよりは、心を無にしていたほうが楽に決まっている。オレたちがこの術の配下にある以上、苦しみが止むことはないのだから。

「!!」

 突然、黒い衣に何かが激突した。反動で黒い衣が後ろへ倒れ、それと同時にオレたちの足も止まる。

「……くそっ、硬ってー……ヒビも入らねエ……」

 黒い衣に衝突した方向を見ると、2人の忍がこちらを睨みつけていた。サングラスをかけた大柄な男と、尾獣のチャクラを纏った、——ナルトの姿が目に映る。その姿に息を呑み、脳裏を過ぎるいつかの記憶に眉間を寄せた。

「すりぬけてもよかったが、所詮面に傷一つもつけられないか。九尾をコントロールしたその力……こんなモノではないだろう?」

 黒い衣が笑った気配がしたあと、考える間もなく身体が戦闘態勢をとらされる。次々に攻撃が仕掛けられる中、ナルトが身を翻しながらこちらに視線を向けた。一瞬苦虫を噛み潰したような顔をしたあと、シャボンを避けながら視線を反らす。

「知らなかったってばよ。お前が人柱力だったなんて」

 その言葉に目を細めながら、膨らましたシャボン玉を破裂させる。声をあげて体勢を崩すナルトを、大柄な男が八尾を使いながら庇った。

(そうか、こいつらも……)

 辺りに充満する尾獣のチャクラに、人柱力の運命を呪った。あの時に狩られた者も、狩られなかった者も、こうして戦いに巻き込まれ、傷つけ合っている。望んだのはいつだって、里の平和のはずだったのに。

 大きく音を立てたはずの舌打ちは、ナルトたちを襲う爆発音に掻き消された。目玉まで改造されたのか、背後から向けられた攻撃にも、身体を傷つけることなく避けることができる。オレたちはどこまでも道具だった。死への恐怖も生への執着もない。再びシャボンが割れて、ナルトの身体に傷を作った。頬から流れた血が、見たことのない記憶と重なる。

「本当はオレだって、お前らとは戦いたくねーんだ」

 小さく呟いたナルトが、オレに向かってクナイを投げた。それを避けることもせず、身体を貫通させるオレを睨みつけ、ナルトが術を発動する。チャクラの玉が身体に命中するが、辺りに散らばった塵が、すぐに身体を元通りに作り直す。背後に回ったナルトを振り返りながら、ゆっくりと顎を引いた。

「忘れちまったのかよ!ホタルのことも、師匠のことも、全部!!」

 ナルトの怒声が爆音に紛れて響き、閉ざしていた記憶の蓋を開ける。溢れてきた温もりに顔を歪めながら、シャボンをナルトに向かって吹き飛ばした。

「忘れるわけないだろう!オレだって、好きでこんなことを……」
「だったら、何でホタルを傷つけた!あいつは……今もお前を探して、1人で戦場にいるんだぞ!!」

 ナルトの言葉に、目を大きく見開く。止むことのない攻撃を避けながら、ナルトの顔を見返した。
 オレが、ホタルを傷つけた。ホタルは、今もオレを探している。
 脳内を反響する言葉たちに、身体の力が抜ける。しかし動きは止まることはなく、ナルトの傍で、またシャボン玉が破裂した。パチンと弾ける儚い泡に、オレの名を呼ぶホタルの声が蘇る。

「待ってください!!ウタカタ師匠!」

 悲鳴に近い懇願に、頬を伝う大粒の涙。これは、オレの記憶?だったらどうして、ホタルは血を流しているんだ。身体を震わせながら、必死にオレの名を呼んでいる。

「ホタルは諦めなかった。どんなにお前が帰ってこなくたって、どんなに傷つけられたって……例えお前が元のウタカタでなくたって、ホタルは師匠の、お前の傍にいることを望んだんだ!」

 ナルトが叫ぶと同時に、背後に懐かしい気配を感じた。共有された視界の奥に、木の陰に隠れてこちらを見つめる、ホタルの姿が映る。それを確認すると同時に、言いようのない焦りが身体を駆け巡った。あの距離では、いずれ巻き添えになる。不都合な状況に思わずナルトを睨みつけ、感情のままに大量の泡を浴びせた。

「どうしてホタルを連れてきた!今がどういう状況か、わかっているのか!?」
「ホタルが選んだんだってばよ。あいつが選んだ、お前との現実だ」

 視線を落とすナルトが、浮かんでいたシャボンを手のひらで握りつぶした。返す言葉もないまま、振り返ることもできず、口を噤む。オレ達の会話を掻き消すように、また大きな爆発音が森に木霊した。オレにはホタルを守ることも、救うこともできない。項垂れる間もなく、身体を八尾の人柱力が投げた刀が貫通する。身体に貼り付く塵の音が、喧噪の中に、静かに響いた。





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