いつか見た空

 不揃いに並ぶ木々の間を歩きながら、額から落ちる汗を拭う。もう、どれくらい歩いただろうか。日の光さえ届かないこの森では、時間の経過は自分の感覚でしか掴むことができない。あれから何日も経ったようにも感じるし、ほんの数時間しか過ぎていない気もする。疲労を感じる暇もなく進む足は、行き着く場所を知らない。
 あてもなく歩き続けたあと、苔の生した石に腰掛け、水筒の水を胃に流し込む。一杯に入っていたはずの水も、気づけば残り僅かだ。川を探そうと立ち上がるが、その寸暇さえも惜しくて、荷物をまとめてまた歩き出す。垂れ下がった枝を掴み、不安定な足場をひたすらに進んだ。

「ウタカタ師匠」

 葉の音に紛れた声は、探し人の名前を呼ぶ。
 あれから、師匠が消えてから、どれくらいが経ったのだろう。

 思い出すのは、師匠と別れた最後の日。あの日、私は師匠の言いつけ通り、日が暮れるまであの場所で待っていた。けれども、師匠は戻ってくることはなく、沢山のシャボン玉が、辺りに浮かんでいるだけだった。 不安でなかったと言えば嘘になる。けれど、私には待つことしかできなかった。師匠が私に嘘をつくはずがない。来る日も、来る日も、ただ待ち続けていた。そんな日々を過ごしながら、幾月が経っただろうか。一面の花畑も枯れ果てた頃、私の元に、ある知らせが届いた。

「木ノ葉の里が襲われたって、一体どういうことですか!?」
「私にもよくわかりません。ただ、何者かが木ノ葉を襲撃し、そのせいで里は壊滅状態にあると、伝え聞きました」
「そんな……。ナルトさんは、木ノ葉の皆さんは無事なのですか?」
「わかりません。ただ……、少し、気になることがあります。木ノ葉を襲った集団は、暁の者だと……」

 俯く遁兵衛に、思わず息を呑んだ。ウタカタ師匠がいなくなって暫く経った頃、叔父さんから聞いた、師匠の話を思い出す。“霧隠れの抜け忍・六尾の人柱力”師匠を表すその言葉を、疑いなく信じた訳ではなかった。けれど、暁という名の集団が、尾獣を求め、人柱力を狙っていることは、小さなこの里にも伝わっている。
 木ノ葉を襲撃した暁と、戻ってこないウタカタ師匠。何の関係もないと決めつけるには、時間が経ちすぎていた。ろくな荷物も持たずに飛び出した自分を、無思慮だと反省しながらも、悠長に考えている余裕はなかった。もし、叔父さんの話が本当で、暁が、師匠を狙っているのだとしたら————その答えは、想像するにはあまりに残酷なものだ。


 深い森は、相変わらず濃緑の景色を広げていく。長い間、日に当たっていないと、人間は心まで弱くなってしまうものなのか。湿った幹に手をつき、空を見上げる。繁茂する葉の間から、僅かに青藤色が見えた。懐かしいその色に、堪えていた涙が一筋、頬を伝う。

「ウタカタ師匠……」

 師匠が私を置いて、何処かへ行くはずはない。だから、師匠が帰ってこないのには、理由があるはず。師匠を信じるのが弟子の役目なら、私が師匠を探し出さなければいけない。泣いている時間も、立ち止まっている暇もない。ツルギさん達も見つからない今、私が行くべき場所は、ただひとつ。

「待っていてくださいね、ウタカタ師匠」

 目的地を定め、黙々と足を進める。遠く海を隔てた師匠の故郷。そこに行けば、何かがわかるはずだ。





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