06 // 重ねる

 手頃な木の根に腰掛けて、靴を脱いで裸になった足を見つめる。地面に着かないよう、宙に伸ばしたその足に触れながら、ウタカタ師匠は険しい表情を崩さない。
 冷たい手が足を滑るようになぞって、思わず声を上げそうになるけれど、今は恥ずかしがっている場合じゃない。赤く腫れた足首を固定しながら、爪先を動かされると、小さな悲鳴と共に激痛が走った。

「この腫れにその痛がりよう、間違いなく捻挫だな」
「……はい」
「忍術の会得は早いが、体術は苦手な様だな。まあ、この程度なら1週間もすれば歩けるようにはなるだろう」

 冷静に言う師匠を見下ろしながら、己の情けなさに肩を落とした。
 宿の近くの木立で、接近戦の修行を始めたのが一刻ほど前のこと。まだ日も明るいというのに、今日は何もすることができない。応急処置にと、師匠が足を包帯で固定していく。今は痛いけれど、少し我慢すれば、明日には修行を再開できるかしら。

「言っておくが、完治するまで修行はさせないからな。下手に動くと捻り癖がつく」
「わ、わかってますよ!」
「どうだかな。お前は時々、無茶をしすぎることがあるから」

 処置を終えた師匠が、心の内を見透かすように私を見下ろした。その様子に、小さく呻き声を漏らし、固定された足を見つめる。ほんとう、師匠にはいつも敵わない。

「早めに冷やした方が良いし、今日はもう宿に帰るぞ」
「はーい」
「……っと、その足じゃ歩けないよな」

 師匠は何かを考えるように視線を動かすと、しゃがんだまま私に背中を向けた。その意味がわからず師匠を見つめていると、急かすように師匠がこちらを向く。

「ほら、早く乗れ」
「え、ええ!!乗るって、師匠、私をおんぶする気ですか!?」
「仕方ないだろう。この距離じゃシャボンを使うほうが時間がかかるし、何なら前に抱えたほうがいいか?」
「け、結構です!」

 おんぶも恥ずかしいけれど、前抱きで街中を歩くほうがもっと恥ずかしい。羞恥心を捨て、恐る恐る師匠の肩に手を伸ばす。なるべく体がくっつかないように距離を保ちながら、肩口を掴んで体を支えた。

「重くないですか?」
「今さら何だ。ホタルを運ぶのは初めてじゃないだろう」
「あれは、緊急事態だったから……」
「弟子1人運べないようじゃ、師匠失格だな」

 立ち上がりながら、師匠がこちらを向いて微笑んだ。いろいろ意識しているのは、私だけなのかもしれない。そう思うと、何だか悔しくて、思わず頬を膨らます。
 私が落ちないように、ゆっくりと歩き出す師匠に揺られながら、大きな背中をじっと見つめた。

「大きいですね、師匠の背中」
「そうか?」
「何だか、お爺様を思い出します。私がまだ小さかったころ、お爺様におぶわれて、よく砦を散歩したんです。普段は見えない世界が、お爺様に背負われると、遠くまで見渡せて……すごく楽しかった」

 懐かしい感覚に、目を細めて口元を緩ませる。あの頃は、帰り際になると、お爺様の背中で眠ってしまったっけ。思い出した風景に、肩口に置いていた手を首元に回して、頬を師匠の肩に寄せてみる。目を閉じて感傷に浸っていると、師匠が静かに口を開いた。

「良い爺さんだったんだな」
「はい、とても優しくて、私のことを可愛がってくれていました」

 こちらを向いて優しく微笑んだ師匠が、いつかのお爺様と重なる。伝わる優しさに胸がつまって、首に回した腕の力を少し強めた。

「師匠、ありがとうございます」
「なんだ、唐突に」
「何だか急に伝えたくなって。私、ウタカタ師匠のことが大好きです」

 面食らったように目を見開いた師匠は、少しの間のあとに短く返事をしてくれた。師匠が歩く度に伝わる振動が、揺りかごのようで気持ちが良い。大きく欠伸をして、師匠の背中に体重を預けた。頬に当たる木漏れ日が暖かい。

「まるで赤ん坊だな」

 苦笑しながら零れた師匠の言葉に、反論することなく目を閉じる。今日くらいは、甘えたっていいですよね。そう小さく呟いて、重なった懐かしい姿に口角を上げる。
 いつだって、私の傍には大切な人の温もりがあった。瞼の裏に浮かぶ笑顔を想いながら、緩やかな揺れに、意識を手放していった。





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