02 // 見つける
神出鬼没なウタカタ様。ふらりと現れては、ふらりと消えてしまう。ウタカタ様の術はシャボン玉を使うけれど、私はそれがぴったりだと思う。風にのって移動し、追いつく間もなく消えてしまう。ひとつだけ違うのは、ウタカタ様消えてなくなるのではなく、いつもの場所に隠れるだけ。「いい加減、私だって覚えますよ。この場所」
砦の端にある、少し不格好な松の木。幹が曲がっているせいで背は高くないけれど、もたれて寝るにはちょうどいい。
ここは、ウタカタ様のお気に入りの場所。今日も突然姿を消したかと思えば、すやすやと無防備な寝顔を晒してこんな場所にいた。私の弟子入りから逃げたあとにいるのは、だいたいこの場所。
「今日こそ弟子にしてもらおうと思ったのに」
頬を少し膨らまして、独り言を呟く。ぴくりともしないウタカタ様は、これがあんなに強い忍だと思えないくらいに隙がある。……変な話、今私が攻撃したら、一撃で倒せるんじゃないかしら。
「……ウタカタ様」
腰を下ろして、眠るウタカタ様に顔を近づけた。謎の多い人。名前以外、何も知らない。忍の証の額当てだってないし、自分のことは一切喋らない。普通に口を聞いてくれるようになったのも、最近のこと。
「少しは信用、してもらえてるのかしら」
突き放すような言葉に怯えたこともある。でも、放っておけなかった。この人は、私の命の恩人。何かお役に立てるなら、私はそれに精一杯取り組みたい。1度でいい。名前を呼んでもらいたい。心を、開いてほしい。
「……綺麗な顔……」
整った顔に、思わずため息が漏れる。色恋に溺れる気はないけど、きっとこの人はすごく格好良い。じっと見つめていたら、好きになってしまいそう。
「ん……」
顔を覗き込んでいたら、目を覚ましたウタカタ様とばっちり目が合ってしまう。慌てて離れようとしたら尻餅をついてしまい、なんとも情けない格好になってしまった。
「何してるんだ」
「えっと……か、かくれんぼ?」
「1人でか?」
「…………」
黙った私に構うことなく、ウタカタ様は立ち上がって大きく体を伸ばした。そのままの体勢でウタカタ様を見上げ、風に靡く茶色の髪を視線で追う。
「ここはいい所だな」
「え?」
「景色はいいし、静かだ。空気もおいしい。今まで旅を続けていたが、こんなに綺麗な場所は初めてだ」
遠くを眺めながら、ウタカタ様は少しだけ口角を上げて呟く。今まで見たことのない表情に、とくん、と胸が高鳴った。
「外の世界は、どんなものなのですか?」
「外の世界?」
「私、ほとんど砦から出たことがなくて……知らないんです、外の世界を。だから、旅をしていたウタカタ様がうらやましい」
素直に言葉を並べたのに、ウタカタ様は眉を顰めて黙ってしまった。何か悪いことを言ってしまったかしら。どうしようか迷っていると、ウタカタ様がこちらに体を向けて切なげに笑う。
「知らないほうがいい」
「え……」
「綺麗なものもたくさんある。が、同じように醜いものもたくさんある。お前は何も知らなくていい。汚れないで済むのなら、それが1番だ」 言い終えて、ウタカタ様の瞳がいっそう細まる。醜い、もの。それだったら、私も知っている。ウタカタ様が思う以上に醜い、欲望の塊。顔を俯かせて口を噤むと、視界に大きな手の平が映る。
「え?」
「いつまで座っているんだ。もう日が暮れる。暗くならないうちに、家に帰るぞ」
さらりと言うウタカタ様を、驚いてしばらく見つめ直す。おそるおそる手を握ると、力強く引っ張られた。
「きゃっ!!」
「軽いな……。こんなんでよく忍なんか目指すな」
「私の夢ですから。早く強くなって、一人前になりたい」
「ふうん……」
手を離し歩きだすウタカタ様を追いかける。いつもは数歩後ろを歩くのだけど、今日だけは、と隣に肩を並べる。
「今日の飯はなんだ」
「今日はお刺身です。マグロにタコにイカに。ウタカタ様は、刺身はお好きですか?」
たわいのない会話に、自分の胸が踊っているのがわかる。生まれて初めての、くすぐったい感情。この気持ちの名前を知るのは、まだ先のこと。