腕 -恋慕-
純粋無垢。天真爛漫。オレの初めての弟子は、そんなやつ。汚れを知らない、箱入り育ちのお嬢様で、諦める心を知らない、ガッツの持ち主。
まぁ、そんなガッツがあったからこそ、こうしてオレの弟子として傍にいるわけで……。
押しかけ女房ならぬ、押しかけ弟子。そんな弟子を、受け入れたオレ。師弟などと、忌み嫌っていた時代もあったが、いざ弟子をとってみると、以外と楽しい。
ただただ只管に、オレの事を慕い、乞い求めて。こんなに真っ直ぐに思われて、嫌に思う奴はいないだろう。
しかもこんな、可愛い娘に。
……そう、ホタルは可愛い。年端もいかない少女だが、その素質は抜群だ。
初めて会ったその日から、整っている外見だと思っていた。
それだけだった。まさかその後、本気で惚れるだなんて思っていなかった。
ホタル。
可愛い可愛い、オレの愛弟子。
その“愛”が師弟以上のものだと知ったら、お前はなんて答えるだろう。
気持ち悪いと、幻滅するだろうか。
ごめんなさいと、拒絶するだろうか。
熱心に、真っ直ぐにオレを想うホタル。だが、その想いがLOVEでないことは痛いほど知っている。
ただでさえ、十以上離れた年の差。こんな少女に恋情を抱いていると知られたら、世間からも反感を買うだろう。
変態・ロリコン・少女愛。
そんなレッテルを貼るやつらに、オレは声を大にして言いたい。
万が一オレが、そんな最低野郎だったら、ホタルはとっくに、純粋無垢ではなくなっている。
なぜなら、ほら。
今もオレの膝の上で、すやすやと眠る顔。そこに緊張や警戒心は微塵も感じられない。完璧に、オレを信用し、安心しきっている顔。
修行の合間に居眠りをこき、目覚めてみればこのザマだ。
おい、ホタル。修行はどうした?オレが課した技は会得したんだろうな?
心の中で悪態をついてみるが、寝顔は依然、健やかなまま。
……まあ、先に居眠りをしていたのは、オレの訳で。
生まれも育ちも砦の中の、正真正銘の箱入り娘。こいつの近くにいた男とすれば、孫を想う祖父とその従者だけ。どちらも“男”を感じさせない、慈愛の塊。
だからホタルは、“男”を知らない。肉体的にも、精神的にも。
「男はオオカミなんだぞ」と、ホタルに言おうものなら「師匠は狼男だったんですか!?」と本気で返ってくる始末。
こんな無邪気で、無知で、あどけない少女。祖父に甘えるように、くっついてくる身体。
手籠めにするチャンスなんて、いくらでもあった。それでも、オレはそんなことはしない。
ホタル、こいつはオレの弟子。愛しい愛しい、たった一人の女性。
押しかけ弟子が、そんな存在になるまで、長い時間がかかってしまった。
幾多の危険晒され、時には命さえ落として——それでも、ホタル。オレはこうして、お前の傍にいる。
そのことが、それだけで、オレは世界一幸せだ。
「あァ、見てらんねーなァ」
腹の中で、耳障りな声がする。
「そんな綺麗事言ってないで、さっさと告っちまったらどうだい?うだうだしてると、そこらの野郎に先を越されるぜい?」
うるさい!お前は黙れ、犀犬。
呆れるようにオレを見つめる顔を、無理矢理腹に閉じ込める。
うるさい、うるさい。そんなことはオレが一番わかっている。
世間から見ても、ホタルは魅力的な女。いつしか修行の旅が終わり、自由の身になったら
——ホタルがオレ以外の男と出会ったら——
ホタル、お前は行ってしまうのだろうか。「ウタカタ師匠」とオレの名を呼ぶより、もっと甘い声で、誰とも知らない、男の名を呼ぶのだろうか。
駄目だ、そんなこと。師匠のオレが許さん。
頑固爺のように、唸ってみても、所詮、オレはこいつの師匠。色恋沙汰に、口を出す権利はない。
ホタル
その瞳が、オレ以外を見つめる前に
その唇が、オレ以外の名を紡ぐ前に
絶対、必ず、オレの女にしてみせる。
なぜなら、ホタル。オレは、お前無しでは生きていけないんだ。
ホタルがオレの前を去ろうものなら、情けない姿を晒してでも、しがみついてしまうくらい。
「ホタル」
名前を呼んで、白く細い腕を持ち上げる。んん、と短い息を吐くが、ホタルは目覚めない。
「ホタル、愛してる」
面と向かっては言えない言葉を、可憐な寝顔に呟く。そして、そっと……白磁の腕に唇を落とした。
——いつしか、その花びらのような唇と、重ねられたら——
腹の中で、また犀犬が管を巻いている気がした。それに気づかないふりをして、ホタルの腕を元の場所に戻す。
ホタル。
可愛い可愛い、オレの愛弟子。
その“愛”が師弟以上のものと伝えるまで、もう少し、この関係を楽しんでみよう。