夏宵セレナーデ
扇ぐ団扇が美しい。艶やかに結われた髪先が、細やかな風に揺られる。「月が綺麗ですね」
いつもとは違う、紅に彩られた唇が言う。空を見つめた横顔は別人に見えるほど色っぽく、返事をするのが躊躇われた。
「ウタカタ様?」
「……あ、あぁ。綺麗だな」
その言葉は何処へ向けたものなのか。弧を描く紅を消してしまいたくなる。団扇に描かれた夏雲が、オレを嘲笑った気がした。
「風流、って言うんですかね。こういうの」
「風流?」
「夏の夜、満月、浴衣、団扇。そして大切な人」
風がまた髪先を遊ばせる。こちらを向いた紅が言うは、2人がずっと求めたもの。
「夏夜の風流で素敵な幸せです」
細まる瞳に合わせて、こちらも顔を近づける。オレを嘲笑った夏雲は、月が照らした地面へと落ちた。
「綺麗だよ、ホタル」
愛を語るなんてらしくない。けれど、今宵は変わってみようか。どうせ、此処には2人しかいないのだから。
(遊ぶ青嵐、眠る夏雲、月しか知らないふたりの秘密)