風船を離した。

 ふわりふらり、ゆらゆらり。懐かしいそれに目を奪われ、歩く足を止めて立ちつくす。ふわりふらり、ゆらゆらり。

「どうしたんだ、ホタル」

 立ち止まった私に、ウタカタ様が問いかけた。揺れる赤い風船を指さし、懐かしいあの日を思い浮かべて口角をあげる。

「風船が、懐かしくて」
「風船?」
「まだ小さかった頃、お爺様がよくくれたんです。でも上手く持てなくて、飛ばしちゃって、よく泣いてたなぁ」

 泣きわめく私を慰めるお爺様。そんな私にお爺様が見せてくれたのは、風船よりも素敵な、

「ホタル」
「え?」
「ほら、風船。今度は離すなよ」

 真っ赤な風船を差し出したウタカタ様。それに重なるいつかの笑顔。細い紐をしっかり握って、反対の手はウタカタ様の手を握って。

「もし風船をなくしたら、シャボン玉をたくさん見せてくださいね」
「――?なんでだ?」
「風船とシャボン玉、なんだか似てるじゃないですか」

 いつの日も、私の笑顔の横にはシャボン玉と大切な人の手があった。繰り返す幸福が、左手の風船に合わせて揺れた。





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