I'll be a witch this year!

 朝日が頬にかかる暖かさで、ウタカタは目を覚ました。遠く柔らかい秋の日差しが、カーテンの隙間からちらちらと部屋に降り注ぐ。大きく伸びをして目を擦ると、ウタカタは起き上がりながらため息をついた。見慣れない部屋に、所々に置いてあるファンシーな家具たち。被っていた布団も、よく見れば花柄だ。その中で眠っていた不釣り合いな自分の姿を想像し、ウタカタは唸りながら頭を掻きむしる。
 昨夜は、結局箒を見つけることができなかった。一緒に探すと言った手前、少女を見捨てて帰るわけにはいかず、家まで送り届けたはいいが、あの人の話を聞かない小娘のおかげで、こうして泊まることになった。逃げだそうともしたが、少女と一緒に住んでいるという老爺に頭を下げながら懇願されては、さすがのウタカタも断れるはずがない。
 命の恩人、と彼らは言うが、謙遜ではなく、本当に偶然だったのだ。静かな三日月を邪魔する魔物を捕まえて、八つ裂きにしようとさえ考えていた。それが、この有様だ。あれだけ嫌がっていたはずなのに、日が昇るまで目が覚めなかった自分も腹立たしい。

「ウタカタ様、お目覚めになりましたか?」

 部屋のドアを開けてひょっこりと顔を出したホタルが、ウタカタに向かって微笑みかけた。昨夜とは違い、トンガリ帽子も黒いローブも羽織っていないホタルは、どこから見ても普通の人間にしか見えなかった。そんなことを考えながら、ウタカタは無言でホタルの姿を見つめる。その無言を肯定と受け取ったのか、ホタルは微笑んだまま部屋の中へと入ってきた。

「よく眠れましたか?何も用意していなかったので、いろいろと不都合だったでしょうが……」
「そんなことはない。——よく、眠れた」
「それは良かったです。朝食の準備はできていますよ。よろしければどうぞ。着替えはこちらに置いておきますね」

 笑顔を絶やさないまま部屋を出て行くホタルを見送ると、ウタカタはまたため息をついた。どうも、あの娘といると調子が狂う。本来なら、一緒に箒なんて探さなくていいはずだった。それが何故だ?少女の泣き顔を見た瞬間、ウタカタの中に感じたことのない気持ちが湧き上がってきた。
 情、とでも言うのだろうか。たった数分しか過ごしていないはずなのに、ウタカタは少女を見捨てることができなかった。そのせいで、こうして後悔の念に捕らわれているわけなのだが、ウタカタは今も逃げようとはしなかった。自分から言い出したことだ。落とし前はきちんと付けなければならない。


 リビングのドアを開けると、ウタカタは鼻孔を膨らませた。小麦色に焼かれたパンの周りに、色とりどりのジャムの瓶が並んでいる。カボチャとコーンのサラダには、ほんのりとハーブの香りが漂っていた。コップに入れられたミルクも、今日は一段と白く見える。
 これが、魔女の朝食かと、ウタカタは喉を鳴らした。魔女と言えば、トカゲの燻し焼きやらカエルの生き肝やら、そんなグロテスクな物を想像していたのだが、案外普通の生活を送っているのかもしれない。最も、こいつは魔女見習いなのだから、普通の食事でもなんら不思議はないのだが。

「たくさん食べてくださいね。普段は2人だけなので、こんなに作らないのですが、今日は張り切っちゃいました!」
「ああ、いただくよ」
「食べ終わったら、畑の世話をして、箒を探しにいかないと。早くしなければ、魔女試験に間に合いません!」

 独り言のように唱えながら、ホタルはパンを口に頬張った。ホタルの言葉にウタカタはまた小さくため息をついたのだが、ホタルは気がつかなかった。空になった皿を片付けると、ホタルは帽子とローブを手に取り、身支度を調えた。

「ウタカタ様も、よろしければ一緒に来ますか?私のハーブ畑、結構自慢なんですよ」
「ハーブ?自分で作っているのか?」
「はいっ。これも魔女の嗜みですから」

 胸を張って得意げな顔をするホタルの姿を、ウタカタは物珍しそうに眺めた。鼻唄を歌いながら歩くホタルの後ろをついていくと、そこには一面のハーブ畑が広がっていた。白い花の周りを紫色の小花が彩り、心地よい香りを鼻孔へと風が届ける。水をたっぷりと入れたジョウロを、ホタルが魔法で操ると、太陽の光に煌めいて、宙に薄く虹がかかった。幻想的な光景に、ウタカタは思わず息を呑む。

「本当だったんだな。お前は魔女だっていうの」
「疑っていたんですか?まだ簡単な魔法しか使えませんが、魔女試験に合格したら、きっと大魔法を使いこなせる魔女になるはずですよ!」
「けれど、魔女って言ったら悪魔と似たようなものだろ?よくもまあ、好きこのんでそんなものになろうとするな」

 ハーブの花を一輪つまみながら、ウタカタは目を細めた。同時にホタルから見えないように腹を擦り、小さく唇を噛みしめる。

「それは黒魔女のことです。私は人間たちの役に立つ、白魔女を目指しているんです!そして人間たちだけではなく、魔物の役にも立てる魔女になることが、私の夢なんです」

 ホタルはトンガリ帽子を宙に掲げると、息を吸い込んでそれを抱きしめた。柔らかい風がローブを揺らし、ホタルの髪を横になぜる。

「人間と魔物の役に立つ……な。そんなことをしてどうする。矛盾したものの間に挟まれれば、きっと不幸な目に遭う」
「そんなことはありません!人間も魔物も、きっとわかりあえるはずです。今はまだ、お互いのことをよく知らないから、いろいろと誤解が生まれているだけで……。私はいつか人間と魔物が仲良くなれると、そう信じています」

 煌々と光るホタルの眼差しに、ウタカタは舌打ちをした。理想を語る人間は、総じてこんな輝いた目をしやがる。かつての自分を思い出し、ウタカタは頭を振った。もう忘れた記憶だ。この娘には関係ない。
 ハーブから手を離すと、ウタカタは青空を仰いだ。雲一つない、この調子なら、今夜も三日月が拝めるだろう。

「ウタカタ様……?」
「畑の世話が終わったら、さっさと森へ行くぞ。箒を見つけなけりゃ、お前の夢も叶やしない」

 娘といると調子が狂うのは、情が生まれたからだけではない。何かもっと、決定的なものがあるはずだ。それに気がつく前にと、ウタカタは足を急がせる。何かが壊れてしまう前に、月が三日月であるうちに、娘から離れなければ。振り返らないウタカタの後ろ姿を見ながら、ホタルは首を傾げた。そんな2人の真上から、太陽は燦々と輝いていた。