赤い花束に秘めた想い
ぐりぐりぐり。白い画用紙に、赤い丸がいくつも広がる。白い色が赤に染まって、どんどんどんどん増えていく。「……下手くそ」
完成した絵を見て、一言。上手く描けるはずがない。オレは絵とかそーいうじっとしているのは嫌いなんだ。だから最初から嫌だった。でも絵でどうにかするしかない。お父さんはケチでお小遣いをくれないし。お母さんは……ダメだ。今日はお母さんに頼ってはいけない。姉ちゃんに描いてもらえればもう少し上手く描けるかもしれないけど……そんな恥ずかしいこと頼めるかよ。
「シオン、何描いてるの?」
「わっ、姉ちゃん!急に覗くなよ!」
「なぁに?それ。赤い丸がたくさん」
「うるさい!!姉ちゃんはあっちいけよ!」
画用紙をぐちゃぐちゃに丸めてゴミ箱に捨てた。そのまま家を飛び出して、じいさまの家に向かう。じいさまなら、お小遣いをくれるかもしれない。花屋ってボッタクリだよな。たった1本なのに、あんな値段が高いなんて。
「わっ!!」
「……何してるんだ、シオン」
前も見ず走っていたら、お父さんにぶつかった。相変わらずでかい。オレなんて、お父さんの膝にも満たない。お小遣いもくれないし、本当ムカツク野郎だ。
「うるさい!お父さんには関係ないだろ!」
「相変わらず生意気なヤツだな……。言っとくが、遁兵衛ならいないぞ。今日は里の方に行ってて、帰ってくるのは明日になる」
「——!?そんな……」
じいさままでいないなんて……。なんてツイていないんだろう。明日じゃだめなんだ。今日じゃなきゃ……いけないんだ。
「——?何泣いてるんだ、シオン」
「泣いてるわけないだろ!!男が泣くなんてカッコ悪いことできるかよ!」
「っ!待てっ、シオン!!」
お父さんの足を思い切り蹴って、また走り出した。どうしよう。どうしようどうしよう。いつの間にか夕方だ。もうすぐ今日が終わってしまう。1年に1度しかないのに。「ありがとう」って、伝えたいのに。今日が終わっちゃう。どうしよう。
「シオちゃん。こんなところにいた」
「……お母さん……」
砦の端っこ。大きな木の隙間。うずくまって隠れていたら、お母さんに顔を覗きこまれる。優しい、大好きなお母さんの顔。
「どうしたの?こんなところで。もう夕飯の時間よ」
「……だって……」
だって、今日は母の日じゃないか。姉ちゃんから教えてもらったんだ。姉ちゃんはお父さんと一緒にカレーを作るって言ってて、でもオレはまだ小さいからって手伝わせてもらえないし、カーネーションは高くて買えないし、せめてカーネーションの絵を描こうとしたら、ただの赤い丸にしかならないし。
「今日はボタンとお父さんがカレーを作ってくれたのよ。シオンも一緒に食べましょう」
「……オレだけ、何もしてない……」
「何いじけてるのよ。シオンだって素敵な絵をくれたでしょう?ボタンから聞いたわ。ぐちゃぐちゃになっちゃったけど……とっても綺麗な、カーネーションの絵」
お母さんが広げた画用紙には、昼間描いた赤い丸の絵。姉ちゃんが渡してくれたんだ。ちゃんと、カーネーションってわかってくれたんだ。
「ありがとう。こんな素敵なカーネーション、お母さん見たことないわ」
「でも……花になんか見えないよ。オレ、下手くそだもん」
「そんなことないわよ。とっても上手。お父さんやボタンにも、見せてあげましょう」
姉ちゃんはともかく、お父さんには見せたくないな。きっとまたバカにされるんだ。ニヤニヤ笑って、頭をぐりぐり撫でられて、「上手い上手い」ってバカにされるんだ。
「さ、シオン。お家に帰りましょう」
「お母さん」
「なあに?」
「……抱っこ」
今は邪魔なお父さんもいないし、少しくらい、甘えてもいいよね?ぎゅっとお母さんの体にしがみついて、「いつもありがとう」って呟いた。お母さんは嬉しそうに笑って頭を撫でてくれた。大好きなお母さん。いつもいつも、ありがとう。
(感謝の気持ちを、赤い丸に込めて)