泣くなよ

 静まった部屋に響く嗚咽に合わせるように、ウタカタ様が私の背中を優しく叩く。赤子をあやすようなその仕種に、情けなくも私は安堵する。濡れた頬を胸に擦りつけ、帯に近い着物をきゅっと掴んだ。抱きつくように腰に手を回すのは、気が引ける。

「落ち着いたか」
「……はい」
「なら、寝ろ。明日にはここを出る予定なんだ。休養は取れる時にちゃんと取れ」

 投げやりな口調でそう言われ、体を離される。まだ赤い私の目と鼻を数秒見つめると、それを視界から消し去るようにティッシュを差し出された。

「涙と鼻水はちゃんと拭いとけ。間違っても布団になんて付けるなよ」

 自分の着物は私の涙でぐしゃぐしゃなのに、優しいのか厳しいのかわからない。ウタカタ様は、いつもこう。私はウタカタ様に隠れて泣いているつもりなのに、すぐに見つかる。そうして私が心細いとわかれば、何も言わずに、さっきのように抱きしめてくれる。私が泣き止めば、優しい顔は嘘の様、いつもの無愛想な固い表情に戻り、さっさと私の前から消えてしまう。

「ウタカタさま」
「なんだ」
「……ありがとう、ございました」
「礼を言われる筋合いはない。さっさと寝ろ」

 師匠と弟子、決して甘くはない関係。修業で弱音を吐くことは許されない。それでもウタカタ様は、私に甘いと思う。それがどうしてなのか、淡い期待を抱いてしまう私は、弛んでいる証拠。

「ウタカタ様」
「まだ起きていたのか」
「一緒に寝てもいいですか」
「…………」

 無言の返事に惹かれるように、ウタカタ様の背中に触れた。ここからじゃ、ウタカタ様がどんな表情をしているかわからない。けれど確かに、私が触れた瞬間、震えるように肩が動いた。

「だめ、ですか」
「……今日だけだ。そのかわり、もう泣くなよ。毎回慰めるオレの身にもなってくれ」

 少し掠れた声で返された肯定に、無言で私は体を寄せる。狭い布団の中で、背中越しに鼓動が聞こえる。
 まだ、抱きついちゃいけない。2人の関係を壊すのは、まだ早い。あまのじゃくな師匠に見せる想いは、白い寝巻きを摘む、指先だけ。

「おやすみなさい、ウタカタ様」
「ああ」

 目が覚めても、ウタカタ様がここにいればいい。永遠に叶わないかもしれない想い。永遠に伝えられないかもしれない想い。それでも私は、ウタカタ様が愛しい。ぶっきらぼうで優しさを隠そうとするウタカタ様が、誰よりも愛しい。
 着物を摘む力を強くし、心音を聞き逃さないように距離をつめた。さっきよりも早まった鼓動。それは私の気のせいで、いい。





Thanks for 確かに恋だった