バーカ

 厚着をするにはまだ早く、だからと言って薄着のままでいるのは寒すぎる、そんな季節の変わり目、ウタカタは身震いした自身の腕を寒そうに擦った。
 季節は秋——と言って良いのだろうか。日中、日差しの出ている間はいいが、夜ともなると話は別だ。このところ忙しく、衣更えも済んでいないウタカタには、上着というものがない。普段着ている着物1枚では、この晩は越せなそうだ。

「ホタル。もう少しこっちへ来い」

 少し離れたところへ座り、本を読んでいたホタルを呼ぶ。素直にウタカタに従ったホタルは、もたれるように肩に頭を乗せた。ウタカタの右半身が、少し温かくなる。

「今夜は冷えますね」
「ホタルは寒くないのか。そんな薄着で」
「これくらいならまだ……、でもそろそろ冬服を出さないと。明日はちょっぴり遅い衣更えですね」

 少し会話をすると、ホタルは読書に戻り、2人の会話は途切れてしまう。まだ寒さの残るウタカタは、迷惑を承知でホタルの腰に腕を回した。甘えるようなその仕種に、ホタルは本から目を離し、少し困った顔をしてウタカタを見る。

「ウタカタ様、甘えているのですか?」
「馬鹿か。寒いからこうしているだけだ。子どもの体温は高いからな」
「もう、しょうがないですね」

 言い訳を重ねるウタカタに、ホタルは本を置いて抱きつく。体温を分け与えるようにウタカタの素肌に触れ、頬を寄せた。読書を中断させられたのにも関わらず、ホタルは嬉しそうに微笑んだ。その様子に、ウタカタが不思議そうな顔をする。

「何がそんなに楽しいんだ」
「私、好きなんです。ウタカタ様に抱きつくの。ウタカタ様に抱きついて、こうやってウタカタ様の心臓の音を聞いていると……なんだかとても幸せになって、心配とか不安とか、全部消えてしまうんです」

 抱きしめる力を少し強くして話すホタルに、ウタカタは微笑んだ。師弟のような、恋人のような、曖昧な関係。抱きしめる以上のことはしたことがない。だからこそ、ウタカタにとってホタルとのこの行為は特別なものだった。それがホタルにとっても幸せなことなら、言うことはない。

「変なやつだな。そんなことで安心するなんて」
「大切なことですよ?ウタカタ様が生きている証なんですから」
「生きている証、か」

 非凡な人生ゆえ、人一倍死には敏感になってしまう。ウタカタはホタルの髪の間に指を入れ、包むように距離をつめた。こうやって体を温められるのも、お互いが生きているおかげ。今も動き続けているウタカタの命を、ホタルが目を閉じ心地よさ気に聴き入る。ほっとついた息にホタルが顔を上げ、ウタカタに満面の笑みを見せた。

「もう寒くありませんか?」
「ああ。悪かったな、読書の邪魔をして」
「大丈夫ですよ。これも弟子の務めですから!」

 頭を撫でられ目を細めるホタルにつられ、ウタカタも優しく微笑んだ。さっきまでの寒さが嘘のように暖まった体温を感じ、改めてホタルの存在を確認する。明日も明後日も、その先も。ホタルとこうしていられればいい。ウタカタにもたれ読書を再開するホタルを見ながら、ウタカタはそう思った。





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